レコード

高橋ハナのいといみじ ストリート・キングダムとあの頃と今

 娘と映画「ストリート・キングダム」を見に行ってきた。新宿の小さな映画館に行ったのだが、いつも花園神社の方に行くときに停めてきたパーキングが最近満車続きで入れず。伊勢丹パーキングに入れているうちに相当なディレイが発生、物語のスタートが何もわからないまま帰ってくることになった。それでも娘は相当「食らって」、しばらく落ち込みつつ音楽とは何なのだ、自分の踊りを踊るとは何なのだと考えていた。私は自分の世代より数年前が舞台の映画を見て、学生の頃を思い出していた。

 一応なんとなくお嬢様学校とされていた女子中で、変なやつと認識されていた友達がいた。彼女は中1の1学期に私の理科Ⅰの教科書を奪い、好きなバンド名やら謎のキャラクターやらの落書きをした。書かれていたのは、S-KEN、P-MODEL、ヒカシュー、リザード、INU。彼女が浅草に住んでいたので、京急沿線だった私は延々と都営浅草線に乗って遊びに行くようになり、しまいには浅草の貸しレコード屋の会員になった。

 私は女子校に辟易して都立高校に行ったのだが、神保町から浅草橋に移動しただけなので彼女とはたまに会っていた。仲良くしていた人間は自分を含め何人か抜けていて、きつそうなのは言葉の端々でわかった。私はカメレオン的にその場に馴染んだふりをするというスキルを意識的に育てたが彼女はそういう人ではなく、それが彼女を好きだった理由でもある。そのうちに私は自分が脱出して私服にマーチンの高校生活を送っていることに罪悪感を覚えるようになり、スターリンに誘われたのを最後に会わなくなった。それでもインディーズという名前がついた頃の空気を私に教えてくれたのは彼女だ。

 髪の毛がちょっと茶色なだけで不良扱い、バイトで生活する人間はプー太郎と呼ばれて白い目で見られるような時代。ヒステリックを着てマーチンを履きギターを背負っている、それだけで電車の中で嘗め回されるように見られて「私はあなたに何か失礼をしましたか?」と切り口上で文句を言ったことは何度もある。女子校に行っていた頃はそれっぽい見た目、パンクの格好なら格好で、結局見た目で判断する人間って多いんだなと思いつつ、知らない人間にどう思われてもいいと思っていた。高校には七色の髪の先輩もいて、見た目は怖かったかもしれないけどすごく優しい目で(特に彼女には)笑う人だった。

 映画館に行った夜、娘は「私は遅すぎた」と辛そうな顔をした。あの頃はまだ新しいものが生まれる余地があったと。だから私はこう言った。「型にはまった海外の真似をしたロックに納得できなくて東京ロッカーズができたって映画で言ってたじゃん」

 海外の音楽でも日本の音楽でも、模倣してるうちにつまらなくなるのは成長の仕方として当たり前じゃない?ずっと真似してられるとしたら自分の頭で考えてないからじゃないかな?自分のやりたいことを必死にやってたら新しいものが生まれるかもしれないし、それまでと変わったことで誰かがあなたをいやだと思ったとして、そんな人あなたにとって必要かね?と言うと、娘は「なるほど」と言った。

 過去「インディーズ」はバンド自体に主体性があって、同時に複数のレーベルのコンピ発売なんてよくあった。今でも主体がバンドにあるレーベルは大好きだけど、メジャーの真似してるだけの事務所は「売れるやつだけ残ればほかは知らん」って目立つバンドを青田買いしては潰してたあの頃のメジャーと同じだなと思う。ただバンド側の「おれたち一般人にもわりと知られてない?」的な発言をXで見かけて目ん玉を剥いたので、自意識の肥大はどっちもどっちなのかもしれない。私は一生懸命でまっすぐな人たちには自分で稼いだお金をたくさん使いたい。そうじゃない人たちには近づきたくない。

 ファンも人間なら演者も人間だ。大好きだったギター弾きはステージでは「神」だったけど、私は誰かの曲で信念を変えたこともないしステージでの輝きと人間性が一致するとも思っていない。うーん、曲に影響されることはあっても、その曲や曲を作った人には依存しないな… そもそも私にとって私の人生のメインは私でしかないというか。

 私の周囲にいたのは、みんなどうすれば音楽を続けられるか真面目に考えたり、べろんべろんに酔って騒いだりしている人間だった。だから、あの時代の熱量だけを真似しようとして他者に迷惑をかけるのはちょっと勘違いしてるんじゃないかと思う。客も対バンもあなたのステージの添え物ではなく、それぞれの人生の主役なんだぜ?そしておそらく、過激なパフォーマンスが成立していた理由は「演者と客が対等の意識を持っていた」からで、「演者に殴られたら客は殴り返す」ができない状態では成立しない。

 まあどうでもいいけど、自分たちが遊んでた領域がサブカルって名前に固定されていった頃、周囲はみんな「別にサブのつもりはない」と笑っていた。ある領域を真面目に積み重ねればわかることは増えるし、辛くてもやった方がいいこともあればやらない方がいいこともある。必死に自分の人生を生きるうちに名前や時代がついてくるかもしれない。なんというか、まだまだ若い範疇の人たちには「ぼくの後ろに道はできる」光太郎マインドを発動させてほしいなと思う。そうなんですよ、私の前に道なんてなかったのです。

 ちなみにストリート・キングダムはその後もう一度見に行き、近々また行こうと娘と話している。自分の踊りを踊っていない人間にとっては、とっても痛くて刺さる映画だと思う。でも、映画の中に登場した人たちはとてつもなく人間で、ぎゅううと羽交い絞めにして頭をわしゃわしゃした後においしいご飯を食べさせたくなった。

関連記事一覧