
『メキシコの神々』第一章・序論 1-10 メキシコ宗教に見られる文化的要素
Éclusette, CC BY 3.0 https://creativecommons.org/licenses/by/3.0, via Wikimedia Commons
※著作権の切れた書籍を翻訳・意訳して掲載しています。『The gods of Mexico』Lewis Spence 翻訳した文章©StellaCircus
メキシコ宗教の発展には、少なくとも三つの異なる人種的・文化的要素が関与していたと考えられる。最初に登場したのは定住して農耕生活を営む人々―トルテカ文明以前の先住民、オトミ族やタラスカ族だった可能性が高い。彼らは雨を司る神トラロクを中心とした雨にまつわる信仰を築いた。この信仰は非常に古く、トラロクはテオティワカンのナワ族以前の遺跡でも確認できる唯一の神で、五つの年中行事も彼に捧げられていた。トラロク像はミチョアカンやサポテカ地方、グアテマラでも発見されていて、広い範囲で信仰されていたことが証明されている。
次に登場したのがトルテカ文化で、主神はケツァルコアトルだ。この文化はフアステカ地域からもたらされたとされ、ナワ族系住民とフアステカあるいはマヤ系の支配層が構成層だったと考えられる。後のチチメカやアステカに至るナワ族は、トラロクを信仰していた農耕民の地に進出して自分たちの信仰を持ち込み、同時に既存の信仰からの影響も受けていった。
ナワ族がやってくる以前の信仰を考察してみよう。トラロク信仰はアリゾナや北メキシコのプエブロ族が行う雨乞いの儀式と類似性がある。主神には蛇のような特徴があり、雨乞いの祈りが中心となっている点から、古くからの雨の宗教だったことが窺える。また、トラロク信仰には独自の生贄という習慣…溺死による人身供犠があり、後のナワ族の胸を裂く犠牲とは異なった要素を示している。
ケツァルコアトル信仰が始まったのは8世紀中頃とされているので、それ以前のアナワク(中央メキシコ)の信仰的な基盤は、ほぼ間違いなくトラロク信仰にあったと見ていいだろう。オトミ族やタラスカ族などナワ族以前の民もまた、雨乞いのために少女を丘の上で生贄にするなどの儀式を行っていたと伝えられる。タラスカ族は蛇を犠牲にしたとも記録されており、大蛇の神に雨を乞おうとしていた可能性がある。またチャパラ湖周辺では湖そのものが神聖視されていた。
これらの事例は、征服時代になっても古代の雨信仰が残り続けていたことを示している。メキシコ宗教の基層には、長い歴史を持つ自然崇拝が存在していたことが証明されているのだ。
『メキシコの神々』ルイス・スペンス 序章
『メキシコの神々』第一章・序論 1-1
『メキシコの神々』第一章・序論 1-2 メキシコ宗教の古代性
『メキシコの神々』第一章・序論 1-3 メキシコ宗教の起源 ― 異文化融合と信仰体系の形成
『メキシコの神々』第一章・序論 1-4 メキシコにおける初期宗教の痕跡
『メキシコの神々』第一章・序論 1-5 成長の要素の神格化
『メキシコの神々』第一章・序論 1-6 原始的影響の証拠
『メキシコの神々』第一章・序論 1-7 アニマル・ゴッド
『メキシコの神々』第一章・序論 1-8 雨の神格化、生贄
『メキシコの神々』第一章・序論 1-9 メキシコ後期における信仰の要素

