泉鏡花を守る二人の「すず」の結界 異界の女を愛した男
境界の芸術家シリーズ
泉鏡花(1873-1939)は、明治から昭和初期にかけて活躍した小説家だ。自然主義文学が主流だった時代に妖怪、幽霊、異界の女などのモチーフを華麗な文体で書いた鏡花は、日本における幻想文学の先駆者とされる。
すずの梅干し
鏡花の家には名物が2つあった。妻すずが焙じる番茶と、彼女が漬ける梅干しだ。梅の実は修善寺の旅館から粒を選んで取り寄せ、土用干しのときには二階の物干しにつきっきりで団扇をあおぎ続けた。埃が降りかからないように。蠅がとまらないように。鏡花は毎朝この梅干しを一粒食べた。すずの手で作られた梅干しをいただけば、その日は災難から守られると信じていた。
鏡花は言葉の霊、言霊の存在を信じていた。原稿用紙に蠅が止まれば塩をまいて浄め、「豆腐」を「豆府」と書き換える。抹消した文字の言霊が蘇らないようにと墨で塗りつぶすほどの徹底したこだわり。そんな男にとって、妻が心を込めて作った食べ物は、日常の「結界」を維持するための呪術的な守護だった。
母親と異界の女たち
鏡花の母の名は「鈴」、加賀藩の能役者の家系に生まれた女性だ。鏡花が9歳のとき、妹を産んだ直後の産褥熱で亡くなっている。翌年、父に連れられて訪れた松任の摩耶祠(まやし)で、彼は釈迦の生母である摩耶夫人に亡き母を重ねた。釈迦を産んで7日後に死んで忉利天に転生したとされる聖母への信仰は、彼の精神世界の根拠となる。
そして30年後、鏡花は神楽坂の芸妓と恋に落ちた。彼女の芸名は「桃太郎」、本名は伊藤すず。早世した母と同じ名前だった。
鏡花の小説には、ある定型の女性が繰り返し現れる。『高野聖』(1900年)の「魔力と病んだ者を癒す力を持つ」女は、悪魔的であると同時に母性的でもある。『夜叉ヶ池』(1913年)では、異界の存在として池の竜神である白雪姫が描かれた。そして『天守物語』)では、姫路城の天守閣に棲む魔物の姫・富姫。
彼女たちは現世の論理を超越した存在、異界に属する女たちだ。男たちはその美しさに惹かれ、人間界の秩序を捨てていく。こうした物語の原型は、鏡花自身の現実の中に潜んでいた。
「師を取るか、女を取るか」
18歳で尾崎紅葉に入門した鏡花にとって、師は神にも近い存在だった。紅葉の家で書生として原稿整理や雑用をこなし、師の信頼を得て「紅葉門下の四天王」と呼ばれるほどだった。同門の徳田秋声が「紅葉先生は甘いものばかり食べたから胃癌になった」と言ったとき、鏡花は火鉢を飛び越えて殴りつけたという。
その「神」は、すずとの同棲を知って激怒した。胃癌で死の床にあった紅葉は鏡花を枕元に呼ぶ。そして「俺を棄てるか、女(おんな)を棄てるか」という二者択一を突き付けた。芸者を一段下に見ていた紅葉にとって、妻になるべき女性は「温かな両親の間に生まれて、温かな家庭の教育を受けた者」。愛弟子が花柳界の女と所帯を持つなど、我慢ならなかった。泣く泣くすずと別れた鏡花だったが、それでも二人は離れられなかった。
鏡花は紅葉の死後、すずと正式に結婚する。1907年(明治40年)に発表された『婦系図』は、師に芸者との別離を命じられる主人公と芸者あがりの妻・お蔦の物語で、明らかに鏡花自身とすずがモデルだった。だが、この小説に別れの場面は書かれていない。