Breyer P-Orridge

安物のスーツケース ジェネシス・P・オリッジとレディ・ジェイ

レディ・ジェイ部分 Seth Tisue, CC BY-SA 2.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0, ウィキメディア・コモンズ経由で

境界の芸術家たちシリーズ

ダンジョンの床

 そのとき、ジェネシス・P・オリッジ(Genesis P-Orridge)は3日間眠っていなかった。白目が真っ赤に充血している。SM地下クラブに飛び込み、拷問器具がぶら下がる部屋の床にシーツを引っ張り出して眠り込んだ。やがて物音で目が覚めると、入口には一人の女が立っていた。ブライアン・ジョーンズのようなブロンドのボブカットに60年代風の服、煙草を片手に誰かと話しながら行ったり来たりしている。女は歩きながら服を脱ぎ、黒いレザーの衣装に着替えていった。ジェネシスは声に出して言った。「あの人と一生一緒にいられるなら、それだけでいい」。

 ジャクリーン・メアリー・ブレイヤー(Jacqueline Mary Breyer)はニューヨーク生まれのカトリック学校育ち。昼間は末期疾患の子供たちの看護師だが夜はSMクラブの女王として働いていて、ジェネシスもクラブの客だった。出会いの夜、二人はパドルズという別の地下クラブへ行き、そのまま離れなくなった。そして二人はお互いの顔に近づくために整形手術を繰り返す夫婦になる。豊胸、鼻、頬、顎、唇、ホルモン療法—総額20万ドル。最終的にはそれぞれの名前を捨て、ブレイヤー・P・オリッジ(Breyer P-Orridge)という一つの存在を名乗るようになった。

文明の破壊者

 ジェネシスの本名はニール・アンドリュー・メグソン(Neil Andrew Megson)、マンチェスターの労働者階級出身だ。父親が清掃会社の管理職になったことで私立のソリハル・スクールに放り込まれ、金持ちの子供たちの中でひとり殴られ続けた。「4年間、文字通り精神的にも肉体的にも拷問された。だが終わったとき、敵が誰かわかった。この連中があと20年で英国を動かす」。

 15歳で学校の図書室の棚からマックス・エルンストのコラージュ小説『百頭女(La Femme 100 Têtes)』を手に取った。ヴィクトリア朝の銅版画を切り刻んで貼り合わせたシュルレアリスムの図像集で、元の絵には描かれていない怪物や夢が紙の上に表現されている。「既存のイメージを解体して組み変えると、元の素材にはなかった意味が立ち上がる」という原理が、後に繋がることになる。

 彼は大学を中退してカウム・トランスミッションズ(COUM Transmissions)というパフォーマンス集団を立ち上げた。ステージでは自分の身体を切り、流血し、放尿し、性的行為を見せる。ロンドンのICA(Institute of Contemporary Arts/現代芸術研究所)で開いた展覧会では、使用済みのタンポンがガラスケースに並び、ストリッパーが雇われ、客に紛れて娼婦が歩き回った。保守党議員ニコラス・フェアバーンは議会で叫んだ。「文明の破壊者だ!」。新聞がこれを報じるとジェネシスはその切り抜きを額装して展示に加え、その額装を報じた記事が出ると、それもまた額装した。

 ウィリアム・S・バロウズに会ったジェネシスは「ショートサーキット制御」という言葉を受け取っている。バロウズがブライオン・ガイシンと開発したカットアップ技法はテキストを物理的に切り刻んで断片を並べ替えるというもので、バロウズによれば「ランダムな並びにはならず、何か意味がある。しかも未来の出来事を指すこともあった」。エルンストが画像でやったことを、バロウズはテキストでやっていた。

 そしてスロッビング・グリッスルというバンドが生まれる。ノイズと電子音で構築された音楽は「インダストリアル」と呼ばれるジャンルを生み出した。このバンドが解散した後、ジェネシスはサイキックTVを結成し、同時にティー・テンプル・オヴ・サイキック・ユースというオカルトのネットワークを立ち上げる。オースティン・オスマン・スペアのシジル(魔術図形)とバロウズのカットアップ、アレイスター・クロウリーの性魔術を混ぜ合わせたケイオス・マジックの実践組織だ。「アンチ・カルト」を自称したが、のちに元メンバーたちからジェネシスは支配的で脆弱な若者を取り込んでいたと批判されている。

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