兄の見た幻—ケテルからマルクトへ デヴィッド・ボウイ
冷蔵庫の魂
1975年のロサンゼルス。デヴィッド・ボウイ(David Bowie)は何日も眠っていなかった。口にするのはミルクと赤ピーマン、そしてコカイン。身長は公称178㎝だったボウイの体重は45キロを切っていた。壁に描かれた五芒星、灯された黒い蝋燭。窓の外を死体が次々と落ちていく幻覚まで見える。彼は「魔女に盗まれて呪いに使われないよう」、自分の尿を冷蔵庫に隠した。
この時期のボウイはシン・ホワイト・デューク(Thin White Duke)と名乗っていた。感情のない貴族、コカインで漂白されたような真っ白い男。後になってから、本人はこの数年間のことはほとんど思い出せないと言っている。「1975年と1976年は人生で最も陰鬱とした日々だった。あまりに酷くて思い出そうとすること自体が苦痛だ」と。麻薬と裁判と崩壊しつつあった結婚生活の中で、彼はオカルトの本を読み漁っていた。魂を賭けている感覚だったという。
兄の見た幻
ボウイの本名はデヴィッド・ロバート・ジョーンズ(David Robert Jones)。1947年1月8日、ロンドンのブリクストンに生まれた。10歳上の異父兄テリー・バーンズ(Terry Burns)がボウイに世界の扉を開いた。モダンジャズ、仏教、ビートニクを代表する作家のジャック・ケルアックやウィリアム・バロウズ、そしてオカルト。少年デヴィッドが生涯抱え続けたものはテリーから影響を受けたものだらけで、「自分が受けた最良の教育はテリーがくれた」と公言していた。
二人でブロムリー・コート・ホテルでクリームのライブを観に行った夜、テリーは統合失調症の発作に襲われた。地面が割れて炎が噴き出すと口走るテリーの幻覚が、隣にいたボウイにもはっきりと見えたという。テリーはサウス・クロイドンのケイン・ヒル病院に入退院を繰り返すようになる。
病んでいたのは兄だけではなかった。母方の一族には精神を病んだ者が多く、おばの一人は施設に入れられ、別のおばはロボトミー手術を受けている。「みんな『うちの家系はちょっとおかしくて』なんて言うけど、うちは本当におかしいんだ」とボウイは皮肉った。自分もいつか同じ闇に呑まれるのではないかという恐怖は、彼の作品に繰り返し現れる。精神病院の患者を歌った「All the Madmen」、狂気と正気の境を扱った「The Bewlay Brothers」。アルバム『アラジン・セイン(Aladdin Sane)』—正気のアラジンというタイトルは「a lad insane(狂った若者)」をかけたものだ。狂気を遠ざけようとしたボウイは、狂気に取り憑かれていた。
ジギーという他人
1972年、ボウイは赤い髪の宇宙人ロックスター、ジギー・スターダスト(Ziggy Stardust)となった。ジギーという存在になり、ジギーとして話し、ジギーとして生きた。「舞台を降りたらぼくはロボットだ。舞台の上で初めて感情が手に入る。だからデヴィッドでいるより、ジギーの格好をしている方がいい」。
だが来る日も来る日もジギーという人格を演じるうちに、彼はジギーと自分との境界線が分からなくなっていく。「人格そのものが侵食された。とても危険だったし、本気で自分が正気なのか疑った」。1973年7月3日、ロンドンのハマースミス・オデオンで、ボウイはバンドにすら知らせないまま突然ジギーの引退を宣言する。ジギーというの人格を殺さなければ、デヴィッドが殺されると感じていたのだろう。