太陽はただの石 哲学者・アナクサゴラス
太陽はただの石だと言った哲学者
ある夜、アテナイの空に見たこともないような光の筋が走った。天から黒い石が落ちて、大地に突き刺さったように見えたという。人々は天を見上げ、神々のお告げか神罰が下るのか、と呟いた。だがそんな人だかりの中、一人の男が言った。「あれは神ではなく、灼熱の石だ。太陽でさえ燃える石なのだ。それはペロポネソス半島よりも大きい」と。
その男はアナクサゴラス(Ἀναξαγόρας)。彼はこうも言った。「月すら自ら発光してはいない。太陽の光を照り返している土の塊だ。そこには山があって、もしかしたら誰かが住んでいるかもしれない」。聞いていた者たちはぞっとした。頭上で輝く太陽は、太陽神アポロンそのもののはずだ。なのにこの男は、ただの焼けた石だと言い放ったのだ。
私の祖国はあそこにある
アナクサゴラスはイオニアの裕福な家に生まれた。広い土地も財産も彼が受け継ぐべきはずのものだった。畑は顧みられることなく家畜が動きたいようにさせ、終いには人にくれてやった。財産が惜しくないのかと尋ねられても、まったく意に介さなかった。
故郷の行く末が気にならないのかと問われたときには、天を指さして「私の祖国ならちゃんとあそこにある」と答えたという。指の先には星空が広がっていた。何のために生まれてきたのかと聞かれれば、太陽と月と、あの天空を観るためだ、と言った。地上のものは、彼の心をほとんど引かなかった。
種と知性
アナクサゴラスは世界がどうやってできたのかを考えていた。彼が出した答えは、当時真実だと考えられていた神話とは似ても似つかないものだった。
始めに、数えきれないほどの小さな種がごちゃ混ぜになって漂っていた。彼がスペルマタ(σπέρματα)と呼んだ状態だ。やがてその混沌に一つの力が回転を与えた。種は渦を巻いて選り分けられ、重いものと軽いもの、湿ったものと乾いたものに分かれ、次第に秩序が形を取って世界になっていく。アナクサゴラスは渦を起こした力にヌース(νοῦς、知性)という名をつけた。世界は神が創造したものではなく、顔も意思も持たない知性が種をかき回して創ったというのだ。型破りなこの説の言葉を取って、人々は彼自身をヌースというあだ名で呼んだという。
ペリクレスの身代わり
アテナイの人々は彼を法廷に引き出した。神々を敬わないという不敬の罪だ。太陽を石呼ばわりして神を知性に置き換えたことが「信仰を汚す」とされた。
だが、裁く者たちが本当に狙っていたのは被告席のアナクサゴラスではなかった。アナクサゴラスの傍らには彼を師と仰ぐペリクレス(Περικλῆς)がいる。政敵たちはアテナイを黄金時代へ導いたペリクレス本人には手が出せず、師であるアナクサゴラスに狙いを定めたのだ。太陽を石と呼ぶ不敬の輩を罰すれば、その教えを受けたペリクレスにも影響がいく。太陽の話は最初から政治の駒でしかなかった。ペリクレスが弁護したことで、師匠アナクサゴラスは辛くも死罪を免れた。
遊ぶ月
アテナイを追われたアナクサゴラスは、海を渡ってランプサコスの町に移り住んだ。あるとき、年老いて伏せているアナクサゴラスを見た人が「故郷から遠いこんな土地で死ぬとはおいたわしい」と言った。すると彼は静かに返した。「冥界へ降りていく道は、どこから出発しても同じ長さだよ」と。死を前にしても取り乱す様子はなかった。
何か望みはないかと町の人々が尋ねると、アナクサゴラスは「私が死んだ月だけは、子どもたちを好きに遊ばせてやってほしい」と答えたという。町の人々はその願いを聞いた。太陽を石だと言って故郷を追われた老人は、子どもの笑い声に見送られたのだ。
神話ではなく頭で世界を考えるという態度は、のちにソクラテス(Σωκράτης)を生み、彼もまたアナクサゴラスと同じアテナイの法廷で裁かれることになる。神を物質に、世界を知性に置き換えようとする者は、どの時代にあっても異端と呼ばれてきた。太陽を焼けた石と呼んだ老人は、長い異端の系譜の先頭に立っている。