歴史・文化・科学

『失われた宗教を生きる人々 中東の秘教を求めて』

ヤズィード教の聖地・ラリッシュの神殿

 スピリチュアル系であれ修験や宗教的な修行であれ、霊的な世界に触れたいと望むとき「神」という概念を考えずに進んでいくことはできない。そして神を知りたいと考えるなら、まずはキリスト教や仏教など身近に感じられる宗教について調べるのではないだろうか。そしてそういった教えをさらに深めたいか、もしくは矛盾点などに気づいてそれ以前の宗教や神について考える人が出てくる。宗教や神について掘り下げていけば必然的に中東…古代メソポタミア周辺に辿りつくことになるが、口承で続いてきたものも多くその教えについて知ることは難しかった。

失われた宗教を生きる人々

 この本に描かれている宗教は起源がアブラハムの宗教…ユダヤ教、キリスト教、イスラム教以前にある、より古いと考えられるものだ。完全二元論で知られるゾロアスター教など6つの宗教を信じる人たちを追ったルポであって、それぞれの考え方や哲学に対する見方を述べた本ではない。著者は中東各地に駐在していたことでこれら失われつつある宗教を知り、のちに研究員として調査研究を行ったという。著者が宗教観についてほとんど言及しないおかげで、私たちはその中身について自由に思いを巡らせることができる。

 この本で描かれるのはマンダ教、ヤズィード教、ゾロアスター教、ドゥルーズ派、サマリア人、コプト教徒、カラーシャ族の7つ。それぞれ信仰されている地域がイスラム教圏に隣接しているため、どうしても中東での争いの歴史とも重なっている。カラーシャ族はパキスタンの辺境地に根ざしたアレクサンドロス軍の末裔を想起させる人々だが、実際に現地に行ってのインタビューは実に興味深い。

 この中で私が興味深いと思ったのは、ヤズィーディーの信仰対象であるマラク・ターウース、孔雀の姿をした天使である。反逆の罪で一度地獄に落とされたが神に許され、ともにアダムを創造したとされる。ただ楽園に生きているだけで何もしないアダムに対し、神の許しを得て「禁断の麦」を食べさせたのはこの孔雀天使だ。マラク・ターウースはイスラム教で悪魔と看做されているだけでなく、ヤズィーディーたち自身もアザザエルやイブリースと同一視している。

 ゴエティア(ゲーティア)に出てくるソロモン王が使役したという72柱の悪魔には、アンドレアルフスという孔雀の姿の悪魔がいる。インドでは古い神であるムルガン…ガネーシャの弟が孔雀に乗っているが、この孔雀はもともとスラパドマという悪魔だった。孔雀が悪魔的な存在として看做される例は世界各地に残っている。「禁断の麦を食べさせた」という観点から見れば、麦と林檎の違いはあるがアダムとイブの話が思い浮かぶだろう。アダムに禁断の林檎を食べさせたのは蛇だとされるが、蛇も孔雀同様に世界各地で悪として扱われてきた。

 マラク・ターウースがどうかはわからないが、キリスト教においてかつて天使の長だったルシファーは自ら堕天使となったと言われる。明けの明星-明るくなりゆく少し前に暗闇の中でひときわ明るく輝く金星-という名を持つルシファーの罪は、イザヤ書を研究した伝道師に「私は行おう」という罪だったとされた。自分で考え、動く。それを罪だと思わせてきたのは「悪」「善」という固定化された二元論だったのではないか?だとしたら、人間が神という概念について改めて考え、「自ら行う」ことでルシファーは本来の光を運ぶ者に戻れるのではないか?

 ある場所では敬虔な信仰の対象だったり、ある場所では忌み嫌うべき悪魔であったりという存在は、逆説的にひとつの神の存在を怪しいものにしているのではないだろうか。この三次元の世界、一から分裂していくことで成立した世界では万人に好ましい存在などありえようはずがないのだ。

 この本の中で自分たちの信じる教えについて話してくれた方たちには本当に感謝したい。宗教観に基づく戦いのため、彼ら少数派は土地を追われて世界中に散らばらざるを得なくなってしまった。だが、輪郭すら掴めなかった古代の教えの欠片を見せてくれたこの本の存在によって、特定の神を信じていない人が多い日本人ならではの、ある意味中立的な神への観点が作れるのではないだろうか。私は子供のころからずっと、孔雀をとても美しいと思っている。

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