もう数十年前になる。あの頃私は予備校に通っていて、中庭にある喫煙所で自習室を抜け出してきた仲間たちとよく遊んでいた。いつものメンバーは数ヶ月後にやってくる受験についてそれほど真剣に考えておらず、授業をサボって日帰りで新潟まで行ったり、ビリヤードの店で時間を潰したりしていた。
「国道X号線にある廃病院の話知ってる?」
そんなことを言い出したのは一人の男の子だった。当時の雑誌でもよく取り上げられていたその病院は国道沿いにあって、手術室にはメスが残されているとか病室の窓から白い影がこちらを見ているなどと言われていた。彼は金縛りによく遭っていた私とその友達に、明日の夜行かないかと言った。もし本当に幽霊がいるなら見てみたいから、霊感がありそうな人間と一緒に行きたいのだと言う。
友達は私が口を開く前にいいよ、と答えた。誘ってきた男の子のことが気になっていたからだ。めんどくさいことになったなと思いながら、ドライブできるからいいか、とそのまま話を進めた。
その日は生温い風が吹いていて、車通りは思ったほど多くなかった。なぜか有名な心霊トンネルを通る海沿いの道を走り、特に何かあったわけでもなかったので廃病院のある国道に入っても音楽に合わせて歌ったりして、特に緊張感もなく車は進んでいった。
「おれ、おしっこしたい」
運転していた男の子が突然空いていたスペースに車を止めた。スマホどころか携帯もない時代だ。私たちはスペースの奥にある看板を見るまで、そこが目的の廃病院だとは気づいていなかった。
「ちょっと待ってよ、窓!」私と友達には白い影が数人分見えていた。だが男の子はニヤニヤと笑いながらちょっと待ってて、と言って奥に入っていく。残された私たちは勘弁してよ、と言いながら車の中で見るでもなく窓を見ていた。白い影は揺らめきながら、明らかに侵入者である私たちを見つめていた。
やばいやばい、と肩をすくめるように戻ってきた彼は、放尿中に肩を叩かれたのだという。早く出ようと言ってエンジンをかけようとしたら、よくある怪談のようになかなかかからないというおまけがついてきた。
「マージでー?」と、彼はエンジンキーを何度も回したが、車はうんともすんとも言わない。私と友達は背後の白い影から目が離せず、背筋が寒くなるのを感じていた。「早くして!」友達がせかし、彼は参ったなあと言いながらカチャカチャとキーを回す。ようやくエンジンがかかり、車は飛び跳ねるようにその場を離れた。
白い影がゆっくりと遠ざかり、やっと視界から消えた。だがほっとしたのも束の間、初夏だというのに車内がひんやりと冷たくなり、奇妙な臭いが漂ってきた。
「…何、この匂い?」と友達が顔をしかめる。まるで何かが腐ったような、鼻を刺すような臭い。振り返ると、車の後ろに薄暗い影のようなものが見えた。「ねえ、後ろ…」と、私が言うと、助手席に乗っていた友達が恐る恐る振り返った。ぼんやりとした人影が車内をじっと見つめている。運転していた彼はバックミラーに目をやり、青い顔でアクセルを踏み込んだ。
必死に国道を走り続けるうちに、影はいつの間にか消えていた。だがその日以来、私たちはふとした瞬間に肩を叩かれたような気配を感じるようになった。あの日以来、私たちは誰もあの国道には近づいていない。だが、今でも夜になると、どこからか囁き声が聞こえてくる気がする。
「見つけたよ…」