ある町に「気狂いうどん」という奇妙な噂が広まっていた。誰が言い出したのかは不明だが、その店のうどんを食べると、必ず異常な現象に見舞われるのだという。
好奇心に駆られた大学生のタカシは、深夜にそのうどん屋に向かった。小さな看板に「営業中」とだけ書かれた愛想のない店だ。店は狭く、うらぶれたカウンターと無表情な店主が一人。タカシが「気狂いうどんください」と注文すると、店主はチラリとこちらを見て頷いた。
どんぶりの中には、食欲を失わせるような青黒いうどんがぐるぐると蠢くように盛られていた。うどんらしからぬ匂いが鼻をつき、タカシは少し怯える。箸を伸ばし、一口麺をすすると…。
次の瞬間、タカシの頭の中がざわめき始めた。「自分はうどんの麺だ」と感じ始めたのだ。脳みそが指令を出している。喉から胃袋に自分が吸い込まれていく感覚。そして彼は、自分がうどんのどこかの一本だと確信する。食べていたはずのうどんになって、視界が闇に沈んでいく。遠くに聞こえるのは他の麺たちの囁き声だけだった。
「俺たちは、いつか人間に戻れるのか…?」
それから、タカシの姿を見かけた者はいない。うどん屋のカウンターには、無数の青黒い麺が、今夜も静かに並んでいた。