ある地方都市に出張したときのことだ。接待を終え、深夜に近づく街を一人歩いていたが、飲み過ぎたこともあり慣れない道に迷ってしまった。閑散とした路地に入ってしまい、どちらへ進めばよいかもわからず、少し心細くなり始めた。
そのとき、ふと甘い香りが鼻をくすぐった。顔を上げると、路地の奥にぽつんと灯りがついており、そこには小さなケーキ店があった。こんな時間に営業しているのかと思いつつ、その香りにひかれて店に足を向けた。
店内に入ると、ショーケースには色とりどりのケーキが並んでいて、その中でもひときわ目を引くショートケーキがあった。赤いイチゴが艶めいて、白い生クリームによく映えている。ショーケースの中に個包装の箱がいくつか積まれていたので、ひとつ購入してホテルに持ち帰ることにした。店主らしき人影は見えず、レジにも誰もいなかったが、テーブルに置かれた箱には「お代はお皿に」とだけ書かれたメモがあった。ケーキの代金を皿に置き、店を後にした。
ホテルの部屋に戻り、さっそくケーキの箱を開ける。プラのフォークで口に運ぶ。うまい。甘すぎずベタっとしてもいない。グルメ番組のようには表現できないが実にうまいのだ。食べながら箱の中の小さな紙を開いた。広告だろうか? だが紙片を見た瞬間、冷たい汗が全身を覆った。
「◯◯様 またのお越しをお待ちしています。今度は◯◯様の好きなケーキも、必ずご用意しておきます」
なぜおれの名前を知っている? 怖くなって、慌ててケーキをゴミ箱に投げ捨てた。ベッドに潜りこみ目を瞑る。
翌朝ゴミ箱を確認すると、ケーキとケーキの箱は消えていた。夢だった。そう理解して身支度をしようとテーブルを見ると、そこには白い紙切れが一枚。
「お待ちしております――永遠に、ここで。」