マスクの下の微笑み
パンデミックは落ち着いたが、マスクをしている人は相変わらず多い。買い物をするときなど、街中では目元の表情だけがコミュニケーションの手段だ。ネット上では「マスク美人」という言葉が生まれ、マスクなしの顔とのギャップが話題になることも。
そんな中、ある掲示板現れたひとつの投稿。
最近あった奇妙な体験を聞いてください。
仕事帰りに人通りの少ない路地を通ったら、きれいな女性が立っていました。20代後半くらいに見えました。目が合った瞬間、彼女が近づいてきて、笑顔で話しかけられました。
「私、きれい?」
ちょっとびっくりしましたが、「はい、きれいですよ」と答えたんです。でも彼女がゆっくりマスクを下げた瞬間、血の気が引きました。口元が耳まで裂けていて、赤い線が走っていました。彼女はもう一度言いました。
「これでも?」
「すみません、急いでるんで!」と叫び、なんとか振り切って逃げました。同じような経験をした人、いませんか?
これが「現代版・口裂け女」だと話題になった。多くの人がマスクをつける現代、口裂け女が現れた当時とは時代背景がかなり違う。
噂と謎
目撃談はどんどん集まり、蓄積されていった。きれいかと尋ねられたとき「普通」と答えると、それ以上追いかけてこないという話。彼女は整形手術が失敗して口裂け女になったというコンセンサス。彼女は美意識が強すぎたのだろうとも言われた。
ある女子大生の遭遇談
ある夜、深夜バイトからの帰宅途中、大学生の葵は駅近くの路地で一人の女を見かけた。赤いコートに黒いマスク、雰囲気のある女性だがどこか違和感がある。女性はいつのまにか葵に近づいていて、正面に立って言った。
「私、きれい?」
不意を突かれた葵の口からは、「はい、きれいだと思います」という言葉。女はマスクを外し、耳まで裂けた口を見せながら「これでも?」と尋ねる。その生々しさに葵は一瞬言葉を失うが、ネットに書いてあったことを思い出して「普通」と答えた。女性は少し首を傾げてマスクをつけ直し、「そうか、普通か」と呟いて立ち去ろうとした。
だが、葵は思わず女を呼び止めた。戸惑った女の様子がなんだか気になってしまったのだ。
「ちょっと待って、あなたを特別だと思う人もいるんじゃないかな」
口裂け女と呼ばれたその女は、困惑の表情で葵を見た。
「見た目なんて気にしなくてよくない? 話してみたらあなたをもっと知りたくなる人だっていると思うよ」
その瞬間、女性の裂けた口が薄く光り、傷が少しずつ癒えていく。女は少し涙ぐみながら葵に微笑んで、ふっと姿を消した。
エピローグ
ある夜、葵はあの女の夢を見た。夢の中で、彼女は葵に「ありがとう。見た目だけじゃないって言葉に、私は救われた」と言った。その夜以降、葵の住む街で「現代版・口裂け女」の目撃情報はない。