東南アジアのとある村では、奇妙な話が囁かれていた。「この村には、人の魂を奪うネズミがいる」と。
物語の始まり
物語は、村の端に住む一人の少女から始まった。彼女は8歳のメイリン。両親を早くに亡くし、祖母と二人きりで暮らしている。祖母は村では名の通った呪術師で、霊的な何かを感じ取る力があった。だが、年老いて体が衰えてからは家にこもるようになり、メイリンが家事を担うようになっていた。
月明かりが異様に強い夜のことだ。メイリンが眠りについていると、床下から何やら音が聞こえてきた。カサカサ、キュウキュウという音。彼女は「ああネズミか」と思い、布団を頭までかぶってやり過ごそうとした。
しかし音はどんどん近づいてくる。床板の隙間から光る小さな目と目が合ったとき、メイリンは寒気を感じて凍りついた。その目はただのネズミの目ではなかった。まるで人間のようで、ある意味で知性を感じたのだ。
やがてネズミは姿を現し、メイリンの耳元で囁いた。
「おまえの願いを叶えてやろう。ただし ―― 代償は魂だ」
祖母の警告
翌朝、メイリンは祖母に昨夜の出来事を話した。祖母は驚くでもなく、ただ静かにこう言った。
「それはタマ魂鼠(タマダマネズミ)だ…。願いを叶える代わりに、魂を喰らう。絶対に何かを願ってはいけないよ」
祖母の言葉にメイリンは頷いたが、その夜もネズミはやってきた。それからは毎晩、彼女の周りを這い回りながら、甘い声で囁き続けた。
「家族が恋しいだろう?お腹が空いていないか?貧しい暮らしから抜け出したくないか?」
少しずつ、メイリンの心は揺らいでいった。
願いの代償
ネズミが現れるようになって5日目の夜、とうとうメイリンは言った。
「お父さんとお母さんを生き返らせて」
ネズミは一瞬静かになり、やがて気味の悪い笑い声を上げて言った。
「いいだろう。明日の夜、親が帰ってくる。それでおまえの魂は私のものだ」
次の日になると、両親は生きている時の姿で戻ってきた。だが彼らに表情はなく、まるで動く人形のようだった。メイリンは後悔したが、時すでに遅し。彼女の魂は消え、ただ、動かない体だけがそこに残っていた。
村の言い伝え
村ではネズミが怖れられるようになった。メイリンの祖母は家を封印し、近づかないよう村人たちに忠告した。今でも夜になると、家から囁き声が聞こえてくるという。
「次に願いを叶えたいのは誰だ?」
その村では、夜に現れるネズミの伝説が語り継がれている。