亡くなった祖父は若い頃、東北のある町で鉱員として働いていた。その祖父から聞いた、昭和の半ば頃の話だ。とある炭鉱で大規模な崩落事故が起き、作業員たちは突如として暗闇に閉じ込められた。彼らは救助を待ちながら励まし合っていたが、次第にその声は途切れていった。
事故で命を落とした作業員は全員が地元出身者だった。その地域では炭鉱の仕事がほぼ唯一の産業だったのだ。事故の処理が済むと炭鉱は閉鎖され、付近の村は急速に廃れていった。当初は冬の間だけの出稼ぎで凌いでいた者も多かったが、次の年には少し空き家が増え、次の年にはまた少し…。廃村になった村には、やがて足を踏み入れる人間もいなくなった。
ひと気のない静まり返った炭鉱の近くでは、地面から微かな音が聞こえてくる。どこか懐かしい旋律だ。村から出て行った者たちは、崩落事故で亡くなった作業員たちが歌っていたのだと言う。
事故で亡くなった人の中に、祖父の幼なじみがいた。昭平というその人にはきれいな恋人がいて、よく歌を歌っていた。近くの町で行われていた民謡大会で賞をもらったこともあったそうだ。二人が結婚を前提に交際し始めたとき、村の若い衆は大騒ぎになったという。祖父が昭平さんに「なしてお前さなんだべにゃ」と言うと、「ほげなこと知ゃんねず」とそっぽを向いて照れたと言い、あの時の横顔が忘れられない、と祖父は遠くを見つめていた。
崩落事故が起きたとき、彼女は一人歌を口ずさむしかなかった。女性は坑道近くには入れない。救出を待つ昭平さんにできることはそれしかなかったのだ。薄くなる酸素、遠くなる意識の中で、作業員たちは彼女の歌を思い出していたかもしれない。
救助隊が崩れた地盤を何とか取り除いたとき、息をしている者はすでにいなかった。崩落で潰れた坑道の隙間に、炭で書いたのだろう黒い文字が残っていた。「誰よりも君を」…それは昭平さんが好きだった歌の一節だった。それを聞いた婚約者は声を上げて泣き、それからは歌を歌わなくなったという。
だが毎晩、炭鉱跡からは小さな歌声が聞こえてきた。女性はその声に耳を傾け、静かに涙を流す日々を送った後、両親に連れられて村を出て行った。
ある日、一人の若い女性が村を訪れた。生前の女性から村の話を聞き、けもの道をかき分けてここまでやってきたのだ。彼女は炭鉱跡から微かに聞こえてくる声を聴き、一枚の写真を取り出して呼びかけた。
「昭平さん、もう来られない祖母の代わりに来ました!」
その瞬間、歌声が少し大きくなる。祖母が村に残してきた昭平さんという欠片。女性は歌声の方向に向かってさらに言葉を継いだ。
「おばあちゃんは死ぬまでずっと歌えないままでした…。一番聞いてほしかった人は昭平さんのまま変わらなかったんだと思います」
彼女は優しかった祖母の顔を思い浮かべながら、見たことのない昭平を近くに感じていた。
「祖母と一緒に行ってあげてもらえませんか」
歌声が止み、微かな光が現れる。頭の中に歌が響いてくる… 祖母の声だ。「ああいく年月 変ることなく 誰よりも」。孫としては少し複雑ではあるが、祖母の気持ちはこの歌のままだったことを知る。好きな人同士が結婚する時代ではなかったのだ。村を出た祖母は、親戚に勧められた縁談を断り切れずに祖父と結婚し、それでも幸せに生きたと思う。だからこそ、時折祖母から聞いていた村を探して、最後の欠片を埋めてほしかった。
光は暗闇の中で一度明るく光り、空に溶けていこうとしていた。頭の中の歌はやさしい声で歌っていた。「誰よりも君を愛す」。
「歌、こんなに上手だったんだね…」
初めて聞く祖母の歌声に耳を傾ける。取り戻したかった欠片、伸びやかな歌声。女性は光が消え、歌声が聞こえなくなるまで、泣きながらそこに佇んでいた。