呪われた祭具と不気味な夢
山田翔太は駆け出しの歴史学者、古代文化・・・特に祭祀についてを専門にしている。海外のお面収集が趣味だということもあり、翔太の部屋はさながら古代祭祀場のような雰囲気を醸し出している。
「・・・一休みするか」
翔太はすっかり冷めたコーヒーを片手に、最近手に入れた遺物を机の上に置いた。現地のコーディネーターによると、これは神殿の祭具だという。どう使われていたのか見当もつかなかったが、どうやら日本でいうところの雅楽を演奏するのに使っていた楽器のようなものだというところまではわかった。音楽的な知識がないために苦労したが、これで研究の見通しがついた。
翔太は何気なくそれを手に取り、コーヒーカップに当ててカチカチと鳴らした。それほど精製されていない金属の音がする。あまり強く鳴らして壊したら事だと思い、もう一度静かに机に置いて新しいコーヒーを入れにキッチンに向かった。
―― その夜、翔太は夢を見た。祭具を手にして古代の神殿の中に立ち、神官たちに囲まれる自分。彼らの視線は凍るように冷たい。神官たちは叫ぶように翔太を罵っている。
「汝は神を裏切った! 永遠に囚われ、神の怒りをその身に受けるがよい!」
自分の呼吸の荒さで目を覚ました翔太は、ゆっくりと周囲を見回した。確かに自分の部屋だ。あまりにもリアルな夢だったので、思い出しても恐怖心が蘇ってくる。冷や汗をかいたのか、寝巻きとして着ていたTシャツが冷たくなっていたので着替えてもう一度ベッドに入った。だが目を瞑るとあの神官たちの視線を思い出し、まんじりともしないまま朝を迎えることとなった。
そして、神殿の夢を見たのはその日だけではなかった。夜ごとに現れる神官たち。憎しみを込めた罵り言葉。日に日に夢と現実がわからなくなっていく。今までこんなことは起きたことがなかったので、おそらくあの祭具のせいだと確信めいたものを感じた。
「呪われた祭具か・・・」
翔太はもう一度あの国へ行く決意を固めていた。
歴史を逆転させる
あの祭具や古代神殿にまつわる情報を片っ端から調査するうちに、ヒントになりそうな記述を見つけることができた。それによれば、この祭具は「神の怒り」を封印する目的で使われていたものだという。封印を解いた者には、霊的な罰を与えるという記述もあった。いわばピラミッドの封印のために書かれていたような言葉だ。この祭具に触れていいのは「選ばれた者」だけだとも記されていた。
「この封印が解けたってことか・・・」
神官たちの言葉を思い返すと、そうとしか考えられなかった。自分があの日祭具を持ってやったことが封印を解いてしまったのだろう。どうにかしてもう一度「神の怒り」を封じなければならない。
翔太はあらゆる記録を入手して、当時の祭祀の記録を徹底的に調査した。当時行っていたのと同じように封印の儀式を行えば、おそらく彼らの怒りは解けるだろう。祭壇に供えるものは現地の方が手に入りやすい。翔太は覚悟を決め、航空券を予約した。
古代の儀式と神官たち
光の中で神々に祈るのが「白い」としたら、呪いの領域は「黒」だ。翔太は夜が深くなってから神殿へと向かった。神殿は夢に出てきたのとまったく同じだった。祭具を手にし、慎重に神殿の奥へと進んでいく。祭壇だったであろう場所の前で足を止めると、翔太は古代の祈りの言葉を唱え始めた。
やがて空気が冷たくなり、自分の身にまとわりついてくる重さを感じた。自分の周囲に、夢の中で見た神官たちの霊がいるのがわかる。神官たちは不気味な表情で、じっと翔太を見つめている。翔太は一瞬怯んだが、顔を上げると大きな声で告げた。
「おまえたちの怒りを受け入れた! これは再び神の怒りを封じる儀式だ!」
その言葉を口にした瞬間、神殿全体が揺れるほどの激しい風が吹き荒れた。神官たちの姿は風の中に消え、手の中で薄い光を放っていた祭具は元の色に戻る。静けさが戻った神殿の中で、翔太は儀式が成功したのだと確信した。
新たな知恵と決意
旅を終えた翔太は、もしかしたら過去には本当に「神」や「呪い」があったのかもしれないな、と思うようになった。だが遺物が持つ呪いや怨念は、当時の方法を知り、勇気のある誰かが行動すれば消すことができるのだろうとも。
翔太は一つの覚悟を決めた。これからの自分の研究は、過去の記録を探るだけでなく、現代や未来に活かせる知識を見出していこうと。今回は不用意な行動で過去にマイナスの影響を与えたが、プラスの影響を与えるための研究をしていくべきだと感じていた。翔太の前には、未来を切り開くための新しい道が広がっている。過去の呪いに打ち勝ち、歴史の知恵を今に活かそうという、力強い決意に満ちたものだった。