Brit_Mus_13sept10_brooches_etc_044.jpg: Johnbodderivative work: Johnbod, CC BY-SA 3.0,
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今回は「リュクルゴスの聖杯」をご紹介したいと思います。リュクルゴスの聖杯」は古代ローマ時代のガラス工芸品で、光の当て方によって緑色に見えたり赤く見えたりする不思議な聖杯です。
これが作られたのは4世紀ごろ、ローマ帝国の時代の後期だと考えられています。今から1600年も前のガラス細工の工芸品が現存しているのもすごいことですよね。足が欠けていたりしないのは恐らく他のローマの高級品と同様に、常に地上で保管されていたと思われます。このような完全な状態のものはほとんどの場合、教会が保管していた宝物の中から見つかります。
聖杯は高さが約16cm、幅が約13cmのボウル型の聖杯で、金銀の装飾で飾られています。この時のローマで作られていたガラス製品は”ローマングラス”と呼ばれ、シリアやエジプトから入ってきた技術がローマ帝国で発展していった歴史があります。この「リュクルゴスの聖杯」もローマングラスの一つと考えられます。ヘレニズム(ギリシャ主義)時代の影響を強く受け、モザイク技法による装飾やエジプトやギリシャの宗教的なモチーフが使われることが多いです。
この「リュクルゴスの聖杯」はギリシア神話に登場するトラキア王がモチーフになっています。このリュクルゴスについては色々と恐ろしい話しばっかりで詳しい説明は省きますが、ブドウとワイン、ヒョウが出てきたり、最期は民によって八つ裂きにされたり、ヒョウの餌食になったりと散々な言われようで…。
聖杯のモチーフを一般的な感じで言うと「ブドウの蔓がリュクルゴスを絡め取る場面が描かれています。この伝説は神々の怒りを買ったリュクルゴスがブドウの神ディオニュソスに罰せられる物語に基づいています」と言う感じです。このディオニュソスと言うのはバッカスって言うとわかりやすいですね。ギリシャ神話ではディオニュソス、ローマ神話ではバッカスと言い、ワインや酩酊の神様です。聖杯が作られた当時リュクルゴスの神話がどのような話だったのかは定かではありませんが、ワインの神とその情景を描くのに適していたからではないかと推測されています。
話が逸れてしまいましたが、この聖杯のオーパーツたる所以は、光の当て方によって色が変わるところです。普通は光に当たった状態なので、一番よく目にする色は”緑色”です。しかし光を透過させた場合… 逆光だったり光に透かして見たりした場合はなんと”赤色”に見えるのです。
なぜ古代ローマでこのように不思議なガラス細工の技術があったのかはわかっていません。光の加減によって色が変わることを活かして、緑色の時はまだ実る前のブドウの蔓を、赤色の時はブドウが実って一面が赤くなりワインになる様子を表しているとも。ガラス細工の技術もですが、それにストーリーを合わせることで上手に色を使ったところもすごいですよね。
なぜ色が変わるのか科学的な研究が行われた結果、金と銀の粒子がナノレベルで分散していることがわかりました。これらの微粒子が光の波長を変えることで二色性を生み出しています。ナノ粒子の制御が確立されたのは1960~80年代と言われていますが、古代ローマのガラス職人さん達は恐らくナノ粒子なんてものはわからなくても、その技術でナノ粒子レベルの加工をやってのけたと言うことです。素晴らしすぎて言葉もありません。
現在「リュクルゴスの聖杯」はイギリス・ロンドンにある大英博物館に所蔵されています。展示もされているようなのでイギリスに旅行に行った時にはぜひ本物を見てみたいですね!本当に1600年も前のガラス製品なのか疑いたくなるほど美しい聖杯です!
それでは今回はこの辺で。