開錠系亞種音 平沢進が渡す鍵
みなさんはフジロックの平沢進のステージを見ただろうか。開演と共に映し出された「Hello Human」「Hello 亞種音」の文字。これが確信犯でなくて何だというのか。ステージ名は「開錠系亞種音」。平沢は自分の頭で考える「亞種」を人類と呼ぶのだと思いながら、開錠の儀式を眺めていた。
ときに平沢は「陰謀論にはまった残念な人」と言われることがある。だが、彼は40年以上ずっと同じ哲学で行動し続けているだけだ。やがてそれは一つの儀式になり、テスラコイルを使ったステージで何をしているのかはタイトルで表明されていた。「錠を開ける」と。
「常識」とは何かを問う男
90年代後半、平沢は「音楽産業廃棄物」と銘打ったプロジェクトでレコード会社経由の流通から降りた。音楽業界がインターネットを怖れてどうにか排除しようと躍起になっていた時期に、MP3配信という道を選んだのだ。海賊コピーが出回ると懸念されたが、プロモーションとして捉えられないかと言った。平沢は業界の「常識」に乗らず、一貫して自分自身の道を歩いてきた。
2020年のインタビューでは「音楽が大量消費財であり続けるなら制作はAIに置き換えられ、データベースに存在しない個性に対して人々が『きもちわるい』と反応するような感受性が育てられるだろう」と言っている。人々が普遍化されたものだけを好み、突出した存在は受け入れられなくなるだろうという警告だ。
そして、これはそのまま平沢を「残念な人」だとわざわざ投稿するような人間に当てはまる。自分の常識というデータベース内で平沢の発言を探し、見つからずに「きもちわるい」の箱に入れた。平沢が20年以上前から言ってきた反応を本人に対して実演してみせたのだ。それぞれの常識はまったく異なるのに、自分の感受性が正しいと思っている、もしくは言わなくてもいいことでも同意を求めずにはいられない。
平沢進と陰謀論
いわゆる「陰謀論」はかなりたちが悪い。嘘ばかりだからではなく、その中に本物が混ぜ込まれているからだ。権力が都合の悪いことを組織的に隠してきた例は実際にいくらでもあって、「政府が何かを隠している」という疑い自体は妄想とは言い切れない。本物を隠すのに一番いい方法は、周囲を偽物で囲むことだ。本物を探している多くの人間は偽物を掴むか、全体をくだらないと切り捨てるから。いずれにせよ隠そうという目的は達成されることになる。
本物と偽物が混ざっていること自体が仕掛けになっているので、すべてを信じる人間とすべてを冷笑する人間は同じ罠にかかっていると言える。どちらも自分の目や耳や感受性で仕分けを行っていないからだ。
仕分けができるのは、常識の外に出たことのある人間だけだ。常識というデータベースを照合する以前に、そのデータベースが本当に正しいのかを自分の目で確かめなければ本物を拾い上げることはできない。平沢進はここ数年で「逸脱」したわけではなく、これをずっとやってきたのではないだろうか。さらに言えば、常識を疑ってかかる人間にとって「逸脱」は褒め言葉でこそあれ、ネガティブな要素を持たない。
開錠
では平沢は何の錠を開けようとしているのか。
人はみな、生まれてから今までに刷り込まれた知覚の中で生きている。家庭や学校で教わったこと、同調圧力、読んできた本や聞いてきた音楽から無意識に作り上げた「自分のデータベース」という知覚だ。何かを「ありえない」と思うとき、それは自分が考えたことのようで実際には刷り込まれてきたものの上に成立している。多くの人間は錠がかかっていることに気づかない。逆説的だが、気づかないからこそ錠なのだ。
平沢進は、この錠の存在を音楽で伝えようとしてきたのではないか。古い流通形式を捨てたのも、感受性についての警告も、陰謀論とされる領域に踏み込むのも、すべて同じ哲学の上にある。無意識に構築されたデータベースを疑い、確かめ直せ。40年の活動の中で、彼は「オマエタチ」にそう伝え続けてきたのだ。
鍵を渡す人間は決してそうしろと強要はしない。錠に気づいた人間は扉を通過していくし、気づかなければ鍵を差し出した者を怪訝な顔で見るだけだ。開錠系亞種音。正規のデータベースに登録されない音。平沢は自分の音楽をそう呼んだ、ただそれだけの話だ。