365日 光と闇の暦 2月4日 春の神と秋の神 句芒と蓐収
立春(日本・二十四節気)
今日の光の神:句芒(中国神話・春の神)
二十四節気の立春、暦の上では春の始まりです。句芒(こうぼう / Gōumáng)は中国神話で春を司る神で、人間の顔に鳥の体を持ち、両手には定規を携えています。東方を司り木の気を支配する存在で、春分の日には句芒を祀る儀式が行われました。成長、誕生、始まりの象徴で、定規は秩序ある成長を意味し、植物が適切に育つよう導く役割を担っています。立春は寒さが最も厳しい時期ですが、句芒の力はすでに地下で働き始めており、種は芽吹く準備をしています。
今日の闇の神:蓐収(中国神話・秋の神)
句芒が定規なら、蓐収(じょくしゅう / Rùshōu)は斧。同じ鳥の体に人の顔という姿ではありますが、句芒とは正反対の秋を司っています。西方に座し金の気を支配する存在で、秋分の日には蓐収を祀る儀式を行っていました。蓐収は収穫、終焉、衰退の象徴で、その斧は刈り取るという意味を持ちます。熟した作物を収穫し、役目を終えたものを切り落とすのです。蓐収の斧なくして新しい芽の出る余地はありません。
光と闇
句芒と蓐収は春と秋、始まりと終わりの対比です。立春の日に蓐収を思い出すのは奇妙に思えるかもしれませんが、始まりは終わりを含んでいます。種が芽吹くとき、それはすでに収穫への道を歩み始めているのです。句芒の定規と蓐収の斧はどちらも秩序の道具で、一つは成長を導き、一つは完了を確認します。
この日のテーマ 終わらせて始める
立春、新しい始まりの時です。でも蓐収のことを思い出してみてください。何かを始める前に、何かを終わらせる必要があるかもしれません。ずっと手をつけていない部屋の片付けでも、返事を先延ばしにしているメールでも、小さなことでいいのです。蓐収の斧は巨大なものを切り倒すためだけにあるわけではありません。痛みを伴うものを無理に選ばなくても、何かを終わらせることで生まれる余白があります。その余白が、次の成長の場所です。