阿修羅像

365日 光と闇の暦 2月23日 怒りの正当性 帝釈天と阿修羅

怒りの正当性
今日の光の神:帝釈天(インド、仏教)

 帝釈天(たいしゃくてん、शक्र/Śakra)は、インドの武神インドラが仏教に守護神として取り入れられた、仏教界随一の「武闘派エリート」です。須弥山の頂から四天王を指揮し、金剛杵(ヴァジュラ)を振るって敵を粉砕する最強の戦神でした。釈迦の説法に常に列席し、誰よりも熱心にその教えを書き記したといわれる帝釈天。帝釈天は強大な力を「仏法を守るため」に捧げる冷静沈着な求道者としての顔も持っています。

今日の闇の神:阿修羅(インド、仏教)

 阿修羅(あしゅら、असुर/Asura)はインド神話では神々と対立する種族とされ、仏教では六道の一つ「阿修羅道」の住人です。かつては正義を司る神でしたが、愛娘・舎脂(シャチー、Śacī)を帝釈天に力ずくで奪われたことで復讐の鬼と化し、さらに舎脂が帝釈天を愛したことでさらに怒りの炎を燃やすことになります。阿修羅は負けるとわかっていながらも三面六臂の姿で天界に挑み続けました。阿修羅道とは、正義ゆえの怒りに自らの心を焼き尽くしていく終わりのない戦いの道なのです。

光と闇 怒りの正当性

 帝釈天と阿修羅の戦いは、コインの表裏です。帝釈天は略奪という「悪」を抱えながら守護神となり、阿修羅は被害者という「善」の立場から修羅道に堕ちました。加害者と被害者の境界は曖昧で、絶対的な善悪は存在しません。帝釈天は阿修羅を打ち負かすたびに、自身の過去の過ちを鏡のように突きつけられることになります。その勝利には、常に消えない痛みが伴うのです。

この日のテーマ 怒りの正当性

 「自分は正しい」という確信は、時に人を阿修羅道へと突き落とします。正当な理由があったとしても、怒りを握りしめ続けることは、自身の魂を削り取ることにはならないでしょうか。怒りを手放すのは、相手を許すというより自分自身を執着から自由にするために大切な決断です。あなたが抱えている正義の炎はあなたを強くしていますか? あなた自身を焼き尽くしていませんか? 矛を収める勇気は、戦い続ける勇気より時に気高く困難な選択なのです。

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