マアト

365日 光と闇の暦 3月13日 秩序と混沌 マアトとイスフェト

秩序と混沌

今日の光の神:マアト(古代エジプト・真理と正義の女神)

 マアト(𓐙𓌴𓂣𓏏𓁐/Maʿat)は「真理、正義、宇宙の秩序」を司る古代エジプトの女神です。頭上に載せた1枚の駝鳥の羽根が彼女の象徴で、死後の審判ではその羽根と死者の心臓を天秤にかけて罪の重さを量ります。彼女は単純な神格というより、古代エジプト世界の根本原理そのものと言えます。太陽神ラーが日々空を巡るのも、ナイル川が周期的に氾濫して肥沃な土壌をもたらすのも、すべてはマアトという調和に従って行われていると考えられました。ファラオたちにとって地上にマアトを確立することは重要な義務で、ファラオ自身が秩序を乱せば太陽は昇りを止め、国は滅びの道を辿ると信じられていました。

今日の闇の神:イスフェト(古代エジプト・混沌と無秩序の概念)

 イスフェト(𓇋𓊃𓆑𓏏𓅫/jzf.t)は完全にマアトの対極にある概念で、混沌、不正、暴力、無秩序といったあらゆる負の側面を象徴するものです。特定の姿で描かれることはほとんどありませんでしたが、邪悪な蛇の姿をしたアペプ(𓉼𓊪𓊪𓆙/ꜥꜣpp)がイスフェトの化身として恐れられていました。太陽神ラーが船に乗って冥界を通過するとき、この巨大な蛇は太陽を呑み込もうとして激しい攻撃を仕掛けてきます。神々と死者たちは力を合わせてこの脅威を退けなければなりません。イスフェトとの戦いに勝利することで、太陽は再び東の空から現れるのだと考えられていました。

光と闇

 マアトという正義がなければ世界は混沌とした闇に呑み込まれますが、イスフェトという対抗軸がなければ守り抜くべき秩序の価値もまた揺らいでしまいます。太陽神ラーは毎夜アペプを撃退しますが、その存在が完全に消えることはありません。あえて滅ぼさないのか、それとも滅ぼすことができないのでしょうか。正反対の性質を持つ両者が争い続けることで、宇宙のダイナミズムは保たれています。静止した秩序だけでは世界は動かず、無秩序な混沌だけでは形を成しません。対立する二つがお互いを補完し合うことで、世界は回り続けているのです。

この日のテーマ 完全な勝利の先にあるもの

 毎夜繰り広げられる戦いで太陽神は勝利を収めますが、敵であるアペプは翌夜には再びその姿を現します。もし完全に相手を滅ぼしたら、戦士には何が残されるのでしょう。戦うべき対象を失ったとき、戦士としてのアイデンティティは消滅してしまいます。秩序を脅かす混沌が完全に消えたとき、秩序を維持しようとする意志そのものの意味は存在しません。私たちは何かに打ち克つことで自らの存在を証明しますが、その勝利が完璧であればあるほど自分自身の居場所を奪うことにも繋がります。そのパラドックスを前にして、私たちは何を支えに歩んでいくのでしょうか。

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