オーパーツ大好き!ロス・ルナス十戒の石
今回ご紹介するのは「ロス・ルナス十戒の石(Los Lunas Decalogue Stone)」です。アメリカのニューメキシコ州、アルバカーキから南に約56km。イスレタ先住民居留地の縁にある「隠れ山(ヒドゥン・マウンテン)」と呼ばれる山の中腹に、重さ80トンを超えるとも言われる玄武岩の巨大な岩塊があります。その岩の平らな面に、9行にわたる精緻な文字が刻まれていました。その文字は、古代ヘブライ語(パレオ・ヘブライ語)でした。しかも、その内容は旧約聖書の「十戒」だったのです。
アメリカの砂漠に、なぜ古代ヘブライ語が
この石が最初に記録されたのは1933年です。ニューメキシコ大学の考古学者フランク・ヒビン(Frank Hibben)が先住民のガイドと共にこの地を訪れました。ガイドは「1880年代にこの石を見つけた」と話していたそうで、少なくとも19世紀末には地元の人々に知られていたことがわかります。
ヒビンが見たとき、石はすでに地衣類と風化した皮膜に覆われてほとんど見えない状態でした。それが「古さの証拠」として後の議論に引用されることになります。
碑文の内容は、出エジプト記第20章1〜17節にある「十戒」の短縮版です。神の名を示す四文字(テトラグラマトン/YHWH/ヤハウェ)が4回登場し、文字はパレオ・ヘブライ語アルファベットで刻まれています。ところどころにギリシャ文字が混じっているというのも、研究者たちが議論するポイントになりました。
研究者たちはどう見たか
この石を調査した研究者は複数人います。特に注目されたのが言語学者のサイラス・ゴードン(Cyrus Gordon)です。ゴードンはこの碑文を「サマリア人のメズザ」ではないかと提唱しました。
ユダヤ教のメズザは小さな巻物を収めたケースを玄関に掛けるものですが、古代サマリア人のメズザはそれとは異なり、十戒の短縮版を刻んだ大きな石板を礼拝所や敷地の入り口に置くものだったとされています。ゴードンは歴史的・書体的な観点から、この石が紀元後4〜5世紀のビザンティン期に刻まれた可能性が高いと述べました。
地質学者のジョージ・ムーアハウス(George Moorehouse)は1985年に現地を調査し、石の風化状態と近くにある1930年代の落書きを比較、碑文は「500〜2000年前のものと見て不合理ではない」と述べています。
一方で懐疑的な研究者も少なくありません。碑文にはパレオ・ヘブライ語としては不自然な句読点の使い方があること、文法的・表記上の誤りが複数見られることなどがその理由です。また発見者であるヒビン自身、人類がアメリカ大陸に移住した証拠を捏造したのではないかという疑惑があったことも、信頼性に疑問を抱かせるものでした。
現時点でもっとも有力な説
現在の考古学はロス・ルナスについて「偽物である可能性が高い」という立場を取っています。最大の理由は石碑がひとつしかないこと。コロンブス以前にヘブライ語を話す人々がニューメキシコに暮らしていたとすれば、骨や日用品などの痕跡が残っているはずですが、そういったものは発見されていません。
もっとも現実的な説は「クリプトユダヤ人」説です。スペインによる宗教裁判を逃れてメキシコからさらにニューメキシコに移動したユダヤ系改宗キリスト教徒が刻んだのではないかというものです。「ロス・ルナス」という地名自体がスペイン語に由来しています。また碑文は傾いており、石が刻まれた当時の位置からは約40度傾いた状態だといいます。これは巨大な岩がゆっくりと斜面を滑り降りてきた証拠で、碑文が刻まれてから長い時間が経過しているのは明らかなようです。
それでもオーパーツと呼ばれる理由
「偽物の可能性が高い」ならばオーパーツではないのか、という話になりますが、この石の面白さはそこではありません。
この石をめぐる議論自体、「古代ヘブライ人がアメリカ大陸にいた証拠だ」だったり「主流考古学は不都合な真実を隠している」という陰謀論、そして「ただの19世紀の落書きでは」という懐疑論が入り乱れ、決定的な結論が出ないまま今日に至ります。
技術的に年代測定が難しいという問題もあります。岩に直接刻まれた文字は粘土板や紙と違い有機物を含まないため、炭素年代測定が使えないのです。風化の比較で「500〜2000年の幅」というのが現在の精度の限界です。
なんとも不思議な話を付け加えておくと。1986年にアルバカーキで行われた裁判では、別の碑文が「ギリシャ語で書かれたもの」として提出されたのですが、これが「偽ギリシャ語」だと証明され、作成者が詐欺罪で有罪判決を受けています。ロス・ルナス十戒の石は「偽物の証拠を偽物だと暴く裁判」の参照対象として登場するという、なんとも奇妙な立ち位置になりました。
アメリカの砂漠にある、80トンの岩に刻まれた古代ヘブライ語の十戒。本物か偽物か、数百年前か数千年前か―論争は現在も続いています。この石の前に立った人間みんながここを「隠れ山」と呼ぶのは、なんとも象徴的な気がします。
皆さんはどうお考えになりますか?それでは今回はこの辺で。