高橋ハナのいといみじ コンビニの端っこで愛を叫ばれる
無愛想で祖父母にも母親にも心配されるような子供だった。幼稚園のお遊戯は母曰く「こんな馬鹿馬鹿しいことできないって顔」をして完全拒否してたらしいし、小学校の通信簿の「ともだちとなかよくあそぶ」はいつも「だいたいよい」だった。大人になるにつれて人とは仲良くした方が過ごしやすいことに気づき、自己主張しないといつまでもレジでお金を払うこともできない上海での生活を経て、いつのまにか私は気安くそのへんにいる人に声をかけるおばちゃんになっていた。
そもそも子供の頃から警戒心自体は大してなくて、歩いていて道を尋ねられたりどっか行こうと誘われたりはしょっちゅうだった。話しかけられて無視するメンタリティがなかったので、ホームレスのおじちゃんと一緒にワンカップを飲んだこともあるしよく顔を合わせるキャッチのお兄さんと小一時間話したこともある。私にとっては知らない人の話を聞くのはかなり楽しくて、逆にちょっとした知り合いと話すのはあまり得意ではない。要はそれ以降の関係性を気にしなければいくらでも楽しく話せるんだな、きっと。
この間、沖縄に行ってきた。今回は娘ではなく連れと二人だったが、沖縄のコンビニでもそんなことがあった。私は一人で喫煙所に向かっていて思いっきり車止めに躓いたのだが、そこにいたおとうが「だいじょぶ!?」と聞いてくれたので「だいじょぶです、へへ」などと言った。おとうは私たちが買い物をする前から落ち着かない様子だったが、近くに行ってからもあからさまにソワソワしていて、正直ちょっと危ない人なのかなと思っていたら…。おもむろにこう言った。
「おれの恋の話、聞く?」
一瞬「へ?」と思いつつ、即座に「聞く聞く」。じゃあもう少し近くに来て、というので寄っていくとおとうは中学校の時に初めてつきあった彼女の話を始めた。まとめると、概ね自分がどれだけその人のことが好きだったのかを力説していた。お互いに別の人と結婚してからもずっと彼女が一番好きな人だという。60歳だというおとうは文字通り中学生みたいな表情で「あー、おれドキドキしてきたよー」とくねくね体を動かし、「いつも会えない、メッセージだけのやり取りよ」と言って煙草に火をつけた。
「でも…これから来るのよ」
「へ?」
「もう来るよ」
どんなタイミングだよと思いつつ顔を上げると、一台の車が止まった。おとうは「今この人に話してたのよ」と降りてきた彼女に言い、私は「恋バナ聞いてました」と言った。そもそもこの人って誰だよだし、那覇で借りたレンタカーでコンビニに寄っただけの東京者なんですが…。女性は「あら」と言い、どちらにともなく「今日は本当に偶然来れた」と言った。「もうそわそわしっぱなしでしたよ」と本当のことを言うと、「なんか中学生の頃みたいな表情してる」と言って微笑んだその人は本当にきれいだった。
「ではなかよくー」とかなんとか言って車に向かい、連れに今起きたことを話したら、「きみはまあいつもホントに…」と言われた。前回はヤギの話から占いとスピの話になってバナナやレモングラスをもらい、その前はヒージャーを作るドラム缶で4歳の男の子が大やけどをして12歳で亡くなった話(話のトーンと展開の落差がありすぎて内心ええええ!?と思った)を聞いた。グスクの説明をしてもらったり車で先導してもらったり、沖縄はほかの地域に比べて話の距離感が「近い」と思う。そして私はそれがとても好きだ。自分は聞かれなければ特に自分の話はしないけど、逆に聞かれればなんでも話す。
現代とかいう私が生きてる「今」は、知らない人と話すのは危ないからやめなさいと教えなければならないらしい。でも私は昭和世代だからこういう感じは死ぬまでやめない。ライブハウスでも喫煙室で一緒になった人が話しかけてくれるととても嬉しいし、コンビニやレストランでも店員さんに何かしら話しかけてしまう。娘はそんな私を幼稚園の頃から見ていて、話しかけはしないまでもありがとうございますは言う人になった。
へろへろといろんな人たちと話すのは本当に楽しい。