パティ・スミス

Just Kids-ただの子供だった パティ・スミスとロバート・メイプルソープ

境界の芸術家たちシリーズ

眠っていた青年

 1967年、ニューヨーク。20歳のパティ・スミス(Patti Smith)は小さなチェック柄のスーツケースを手に、ブルックリンの知人を頼ってやって来た。だがアパートにつくと知人はすでに転居した後で、途方に暮れる彼女をに応対したのは入居したばかりの見知らぬ男だった。「奥の部屋のルームメイトなら、その人の新しい住所を知っているかもしれない」。彼女は奥の部屋に案内された。

 パティが奥に進んでいくと、小さな鉄のベッドには一人の青年が眠っていた。黒い巻き毛と長いまつげ。目を覚ました彼は、パティを見上げて微笑んだ。ロバート・メイプルソープ(Robert Mapplethorpe)、21歳。結局ロバートは知人の住所を知らず、パティはその夜をアパートの階段で明かした。 

 この出会いから22年後、ロバートはエイズで死ぬことになる。死の前夜、彼はパティに「僕たちの物語を書いてくれ」と言い残した。その約束が果たされるまでには20年以上かかったが、2010年に出版された回顧録『Just Kids』は世界中で100万部以上を売り上げ、多くの人々の魂を揺さぶってきた。恋人から友人、友人からソウルメイトへと形を変えた二人の物語は今でも続いている。

偶然が二度重なるとき

 最初の出会いの翌朝、パティは名前すら知らないあの青年のことを考えながら、地下鉄に乗ってマンハッタンを歩いた。さらに数週間後、彼女はトンプキンス・スクエア公園で知らない男につきまとわれていた。逃げようとして周囲を見回した彼女の目に、革のベストを着た巻き毛の青年が飛び込んでくる。パティは駆け寄っていった。「彼氏のふりしてくれない?」「いいよ」-ロバートはパティの手を取って走り出した。これがすべての始まりだった。

 パティは後に「偶然の出会いが二度重なるとき、それは運命と呼ぶしかない」と書いている。引き裂かれたひとつの魂が再会した瞬間だったのかもしれない。ただし、二人の場合は再会してからが本当の始まりだった。

ブルックリンの夜

 恋に落ちた二人はホール・ストリートのロフトで暮らし始めた。パティは書店で働き、ロバートはプラット・インスティテュートで美術を学んでいた。金銭的な余裕はなかったが、夜になる床に座ってお互いの作品を見せ合う日々。「チョコレートミルクを買えるかすら迷った」とパティは回想している。「でも私たちは悪魔のように働いた。誰も私たちのことを知らなかったけど」

 ロバートの初期の作品のモチーフには、コラージュやタリスマン(護符)が多い。彼はカトリックの家庭で育ち、宗教的なイメージに惹かれていた。物質界の背後にある「聖なるもの」を、魔術的な象徴によって形にしようとしていたようだ。パティは彼にランボーやジャン・ジュネを読み聞かせた。

 そんなある夜、パティがロバートにポラロイドカメラを贈る。「自分で写真を撮ったら?」 この何気ない贈り物が人生を根底から変えることになるとは二人とも思っていなかった。

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