標識

奇妙な標識

 去年の夏のことだ。俺は北海道の道東へ向かう途中だった。急な仕事で釧路に行くことになり、夜遅くなってから札幌を出発した。土地鑑がなくナビだけが頼りだったが、旧式のナビだったせいか山間部に入るとまるで役に立たなくなった。仕方なく取り出したスマホには「圏外」の表示が。ヘッドライトが照らす狭い道と風の音だけが車内に響いていた。

 路面には菱形の黄色い標識にビックリマーク。あまり見かけることはない「注意」のサインだ。こんな山奥だから、落石があるか鹿でも飛び出してくるんだろう。スピードを落とし、慎重に進む。しばらくすると、また同じビックリマークの標識。錆びた鉄柱は少し傾いて、色褪せた感じが妙に不気味だった。連続で同じ標識が続くなんて、なんか変だな…と、胸の奥がざわつき始める。

 薄くかかっていた霧が濃くなり、数メートル先までしか見えなくなっていた。慎重にカーブを曲がるたびに、同じような森と道が延々と続く。同じ場所をぐるぐる回っているような気がした。時間が進むのがやけにゆっくり感じる。…と、また菱形の標識が現れた。でも、今度は少し違う。三角形の中心には、ビックリマークではなくクエスチョンマークが描かれていた。

 「なんだこれ…?」思わず声が出た。こんな標識、今まで見たことがない。警告でも注意でもなく、「?」…。その違和感にゾッとした。急いでスマホを取り出し、写真を撮った。走れど走れど山道は終わらない。霧はさらに濃くなり、まるで霧がフロントガラスを叩いているような錯覚に襲われる。

 ズドン!鈍い衝突音と共に車がスッと落ちる感覚。やっちまった!ああ、死ぬってこんな感じか…。

 気がつくと霧は晴れていた。エンジンは普通にかかり、スマホの電波も入るようになっている。車には傷ひとつなく、道端には何もなかった。ビックリマークの標識はどこに行った?

 スマホの写真を確認する。俺はあの標識を撮ったはずだ。焦ってフォルダを開くと、確かに一枚の写真があった。だが写っていたのは、ただ霧に包まれた暗い道。そして、道の真ん中に俺が立っていた。カメラを向けたはずの標識はどこにもなく、俺の顔はぼやけて見えない。反射的に削除した。

 それ以来、あの道には二度と近づいていない。今でも夜中に目を閉じると、霧の中の標識が頭に浮かぶ。あの標識は?夢?そして写真の俺は、本当に俺だったのだろうか?

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