エメラルドタブレット

エメラルド・タブレット ”上なるものは下なるもののごとし”を読み解く

 「As above, so below(上の如く、下も然り)」。スピリチュアルに触れたことがある方なら一度は耳にしたことがあるフレーズではないでしょうか。引き寄せの法則、占星術、タロット、魔術など、あらゆる霊的観念のベースには、知らず知らずのうちにこの概念が含まれています。

 しかしこの言葉がどこから来て何を意味しているのか、確信している人はあまりいないのが現実ではないでしょうか。

エメラルド・タブレットとは

 この言葉の出典は「エメラルド・タブレット(Emerald Tablet)」、ラテン語で「タブラ・スマラグディナ(Tabula Smaragdina)」と呼ばれる短い錬金術文書です。出版されているものとは異なり、全文はわずか十数行です。この短いテキストにルネサンスの錬金術師たちは熱狂しました。アイザック・ニュートンはラテン語から英語に翻訳し、カール・ユングは心理学的な解釈を試みています。

 このタブレットはヘルメス・トリスメギストス(Ἑρμῆς ὁ Τρισμέγιστος / Hermes Trismegistus)-「三重に偉大なるヘルメス」がエメラルドの板に刻んだもので、ギザの大ピラミッドの王の間に安置されていたといいます。ヘルメス・トリスメギストスとは、ギリシャ神話の伝令神ヘルメスとエジプトの知恵の神トート(Thoth / エジプト語: Ḏḥwtj)が習合した伝説上の賢者です。

 あくまでもこれは伝承で、実際には現存する最古のテキストは8〜9世紀のアラビア語文献『キターブ・スィッル・アル=ハリーカ(Kitāb Sirr al-Khalīqa / كتاب سر الخليقة)』、「創造の秘密の書」に書かれていたものです。著者はバリーナス(Balīnās)、ギリシャの賢者テュアナのアポロニオス(Apollonius of Tyana)のアラビア語名とされる人物だとされています。

 12世紀になると、ウーゴ・フォン・サンタッラ(Hugo of Santalla)やヨハネス・ヒスパレンシス(Johannes Hispalensis / John of Seville)らがラテン語に翻訳し、ヨーロッパの錬金術師たちの必読書となりました。

ラテン語原典を読む

 では、実際にラテン語原典を見てみましょう。最も広く知られているのは12世紀の「ウルガータ版」と呼ばれるテキストです。

Verum, sine mendacio, certum et verissimum: 真実にして、偽りなく、確実にして最も真なり。

Quod est inferius est sicut quod est superius, et quod est superius est sicut quod est inferius, ad perpetranda miracula rei unius. 下なるものは上なるもののごとく、上なるものは下なるもののごとし。唯一なるものの奇跡を成し遂げんがために。

 ここで注目すべきは「sicut(〜のごとく)」という言葉です。「同じ」ではなく「のごとく」ということは、上と下は同一ではなく相似の関係にあるということです。

 続きを見てみましょう。

Et sicut omnes res fuerunt ab uno, meditatione unius, sic omnes res natae fuerunt ab hac una re, adaptatione. すべてのものが一なるものの瞑想によって一者より生じたごとく、すべてのものはこの一なるものから適応することで生まれた。

Pater eius est Sol, mater eius Luna; portavit illud Ventus in ventre suo; nutrix eius terra est. その父は太陽、その母は月。風がそれを胎内に運び、大地がそれを養う。

 太陽、月、風、大地という四大元素と天体の象徴が織り込まれています。これは単に詩的な表現をしているわけではありません。錬金術で太陽は金(男性原理)、月は銀(女性原理)を象徴します。風は気体・蒸留、大地は固体・凝固を表します。つまりこの文章は「錬金術的プロセスそのものを宇宙創造の縮図として描いた」ものなのです。

Ascendit a terra in coelum, iterumque descendit in terram, et recipit vim superiorum et inferiorum. それは大地より天へと昇り、再び大地へと降り、上なるものと下なるものの力を受け取る。

 この「昇り、降りる」は「蒸留と凝縮」という錬金術の基本操作を表し、それと同時に「魂の上昇と下降」、グノーシス主義やネオプラトニズムに通じる霊的な旅も暗示しています。

Sic mundus creatus est. かくして世界は創造された。

“As above, so below”の本当の意味

 では、現代のスピリチュアルでこの言葉はどう使われているでしょうか。「思考は現実化する」「内面が外面に反映される」「マクロコスモスとミクロコスモスは対応する」など、さまざまな解釈があります。それも間違いではないのかもしれませんが、原典に立ち返るともう少し複雑な構造が見えてきます。

 エメラルド・タブレットに記されているのは、単なる「対応」ではなく変容のプロセスです。上と下はただ単純に対応しているのではなく、昇り降りする運動の中で互いに影響し合い、変化していきます。錬金術師たちが探し求めた「賢者の石(lapis philosophorum)」はこの変容を引き起こす触媒であり、変容そのものの象徴でもありました。

 心理学者カール・ユングはこの錬金術的プロセスを「無意識と意識の統合、個性化(individuation)」の過程だと解釈しました。下なるもの(無意識)と上なるもの(意識)は相互に作用して統合されていくというものです。それはただ「思ったことが現実になる」という受動的なプロセスではなく、意識的な「作業(opus)」を必要とする能動的な変容なのです。

アラビア語版との違い

 より古いアラビア語版のエメラルド・タブレットでは、ニュアンスが少し異なります。

الأعلى من الأسفل والأسفل من الأعلى (al-aʿlā min al-asfal wa-l-asfal min al-aʿlā) 上なるものは下なるものより、下なるものは上なるものより。

 ラテン語版の「〜のごとく(sicut)」に対し、アラビア語版では「〜より(من/min)」となっています。この単語には「由来する」「生じる」というニュアンスが含まれますので、類似や対応というだけでなく「生成と由来の関係」が示唆されているのです。

 上は下から生まれ、下は上から生まれる。ここでは因果関係の一方通行ではなく、相互生成の循環が表されています。

エメラルド・タブレットが示唆するもの

 では、この古代の知恵は現代の私たちに何を語りかけているのでしょうか。

 「引き寄せの法則」が「願えば叶う」という単純な図式に矮小化されていった現代ですが、エメラルド・タブレットはそれに対して本質的な視点を投げかけています。それは、変容には「作業」が必要だということ。そして「上と下」、「意識と無意識」、「精神と物質」は、私たちの能動的な働きかけによって統合されていくということです。

 「Solve et coagula(溶かして固めよ)」という錬金術の格言は、分解と再統合、手放しと受け取り、死と再生の永続的なサイクルを示しています。これは物質の変容だけでなく、意識の変容にも当てはまります。

 エメラルド・タブレットの最後の一文は、こう結ばれています。

Completum est quod dixi de operatione Solis. 太陽の作業について、私が述べるべきことはこれで完了した。

 「太陽の作業(operatio Solis)」―それは金を作る錬金術だったかもしれませんが、同時に意識を輝かせる内的な作業でもあります。上なるものと下なるものを結ぶ、永遠の「作業」。それがエメラルド・タブレットの真の教えなのかもしれません。

参考文献

  • Ruska, Julius. Tabula Smaragdina. Heidelberg: Carl Winter’s Universitätsbuchhandlung, 1926.
  • Holmyard, E.J. “The Emerald Table.” Nature 112 (1923): 525–526.
  • Needham, Joseph. Science and Civilisation in China, Vol. 5. Cambridge University Press, 1980.
  • Burckhardt, Titus. Alchemy: Science of the Cosmos, Science of the Soul. Fons Vitae, 1997.

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