『メキシコの神々』第一章・序論 1-8 雨の神格化、生贄
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※著作権の切れた書籍を翻訳・意訳して掲載しています。『The gods of Mexico』Lewis Spence 翻訳した文章©StellaCircus
雨の神格化
証拠は限られているにせよ、メキシコの宗教が他の信仰と同じように原始的段階を経て発展したことは充分に示されている。この点に関しては、それぞれの神を個別に説明する中で提示していく。ここではメキシコにおける「雨」と「成長」への信仰がどのように発展し、また高度化していったかを検討していこう。
おそらく、当初は部族や村ごとに雨や穀物に関するフェティッシュ(呪物崇拝の対象)が設けられていたのではないかと想像できる。フェティッシュは時間が経つにつれ、それぞれの人気や霊験と呼ばれる性質によって神格を獲得していったのだろう。信仰対象を扱うのは、おそらく北米インディアン諸部族の「メディスンマン(呪術医・祈祷師)」と極めて似通った存在だったと考えられる。
こうした地方信仰の運命において、戦いは確実に大きな役割を果たしていた。例えばある神を信仰する部族が戦いに勝利すれば、その神を崇拝する地域は拡大していくのが通例だった。勝利は確実に信仰を拡大していく理由ではあったが、さらに「神への生け贄にするために捕虜を確保しなければならない」という聖なる法による戦いの必然性に比べれば、取るに足らない理由にすぎなかった。
生贄の必要性
メキシコにおける生贄の起源ははっきりしていない。先住民の神話では、この慣習は大地の女神たちの一団(首領はテテオ・インナンまたはトラソルテオトル)によって始まったとされる。暦で「8ウサギ」の年、彼女たちはフアステカ地方からトラン、あるいはトゥーラの都市にやって来て捕虜たちを集め、こう語ったという。「我らは、お前たちと大地を交わらせたい。お前たちとともに祝祭を催したい。というのも、今まで人をもって戦いの捧げ物にしたことがなかったからだ」。
この神話はおそらく起源神話(エティオロジー)だが、一定の歴史的背景を持つと考えられる。人間の血によって豊かに潤されなければ神々は飢えと老いによって衰え、農作物の成長に関わる労働を果たすことができなくなるという観念はメキシコ人の心の中に深く根づいていた。では、こうした観念はどこから来たのか。明らかに、それはメキシコ人自身による推論過程に由来する。彼らは、流された生贄の血の量と雨の量が比例すると信じていたのだ。
ゼーラーは「一方は他方を引き下ろすために意図された。捧げられた血は、畑に雨を呼び込むために捧げられたのである」と述べている。この論理こそ、メキシコ人と神々との間に結ばれた明確な契約の本質である。すなわち、ラテン語で言うところの do ut des、「雨をくれ、そうすれば血を与えよう」である。
この関係が理解できれば、メキシコの信仰の根本的性質は明白になる。これに続いて発展した神学や聖職者たちが創作した儀式は、すべてこの単純な「雨の信仰」という構造に付け加えられた、単なる装飾や異物にすぎないことが見えてくるのだ。
『メキシコの神々』ルイス・スペンス 序章
『メキシコの神々』第一章・序論 1-1
『メキシコの神々』第一章・序論 1-2 メキシコ宗教の古代性
『メキシコの神々』第一章・序論 1-3 メキシコ宗教の起源 ― 異文化融合と信仰体系の形成
『メキシコの神々』第一章・序論 1-4 メキシコにおける初期宗教の痕跡
『メキシコの神々』第一章・序論 1-5 成長の要素の神格化
『メキシコの神々』第一章・序論 1-6 原始的影響の証拠
『メキシコの神々』第一章・序論 1-7 アニマル・ゴッド