レイキのシンボルを刻んだブラックトルマリン

レイキは日本発祥なのに日本で廃れた理由 海外で変容した霊気の100年

敗戦と断絶 日本で「霊気」が消えた理由

 一方、日本では霊気の運命は暗転していた。敗戦後、GHQ(連合国軍総司令部)の占領政策により、さまざまな日本の伝統文化が「軍国主義につながる」として制限を受けた。「神道指令」によって国家神道は解体され、「修身」の授業は廃止された。霊術や民間療法の世界も例外ではなかった。

 直接「霊気禁止令」が出されたわけではない。しかし、「霊」という字を使う療法、精神性を重視する民間医療は、戦前の超国家主義と結びつけられやすかった。また、西洋医学を基準とする医療制度の整備が進む中で、科学的根拠のない療法は「迷信」として退けられる空気が強まった。臼井霊気療法学会は存続したものの、門戸を狭め、会員の紹介がなければ入会できない閉鎖的な組織になっていった。霊気は日本社会の表舞台からほぼ姿を消した。

西洋での爆発的普及 ― 「Reiki」への変容

 ハワイで沈黙を守っていた高田ハワヨが動き出したのは、1970年代に入ってからだ。70歳を迎えた彼女は、それまで封印していた最高位「サードディグリー」の伝授を始める。1980年に亡くなるまでに22人のマスター(指導者)を育てた。

 高田の死後、組織は分裂した。孫のフィリス・レイ・フルモトを中心とする「レイキ・アライアンス」、文化人類学者バーバラ・ウェーバー・レイによる別団体など、複数の流派が生まれた。そして、それぞれが独自にレイキを解釈し、広めていった。

 ここで重要な変容が起きる。

 日本の「霊気」は、本来、精神修養と治療が不可分のものだった。臼井は「五戒」を重視し、日々の精神修養を説いた。悟りを得ることが目的であり、治療はその副産物のようなものだった。しかし西洋に渡った「Reiki」は、次第に「ヒーリング・テクニック」として再解釈されていく。精神修養の側面は薄れ、「手を当てれば誰でもエネルギーを流せる」「修行は不要」といった、より即効性・実用性を重視したものに変わった。

 ニューエイジ・ムーブメントの波に乗り、レイキは爆発的に広まった。チャクラ、オーラ、クリスタルといった西洋のスピリチュアル概念と融合し、「12ポジション」と呼ばれる標準化された施術法が確立された(これは高田が考案したもので、臼井のオリジナルにはなかった)。1990年代、ドイツ人のフランク・アルジャヴァ・ペッターが「Reiki」を日本に「逆輸入」する。発祥の地である日本人の多くが、自国で生まれた療法を「外国から来たもの」として初めて知ることになった。

「伝統霊気」と「西洋レイキ」― 何が違うのか

 現在、世界で実践されているレイキの99%は「西洋レイキ」だと言われる。日本で細々と続いてきた「伝統霊気」とは、いくつかの点で異なっている。

目的の違い 伝統霊気: 安心立命(精神的悟り)が最終目標。治療はその過程。 西洋レイキ: ヒーリング(心身の癒し)が主目的。

修行観の違い 伝統霊気: 生涯にわたる精神修養が必要。 西洋レイキ: 「アチューンメント」を受ければ誰でもすぐに使える。

エネルギー観の違い 伝統霊気: 「もともと誰もが持っている力」を引き出す(自力本願)。 西洋レイキ: 「外部から神聖なエネルギーをいただく」(他力本願的)。

対象の違い 伝統霊気: 主に人間の治療。 西洋レイキ: 人間以外にも、場、空間、人間関係、動物、物などに適用。

 どちらが「正しい」という話ではない。文化を超えて伝わるものは、必然的に変容する。ただ、西洋レイキが「臼井甕男のオリジナル」だと思い込むのは、歴史的には正確ではない。

関連記事一覧