喜屋武岬

高橋ハナのいといみじ 沖縄には天使がいると思う話

 今年は何度か沖縄に行っていました。あまりにも金縛りに遭う私に祖母が言った「ハナちゃんは沖縄に行けないかもね…」を払拭すべく行ったのが2020年。コロナが流行り始めた時期で人は少なく、美ら海水族館は休館、思い切って泊まったシャングリラはガラガラだったせいか海がよく見える部屋でした。

 時間で頼んだタクシーの運転手さんはとてもいい人で、美ら海が開いてないならと大水槽のあるショッピングセンターに連れて行ってくれたり、娘が買いたがっていたアテモヤのためにJAを探してくれたりしました。初めてアテモヤを知ったと言ってたので一つ渡したりして。久高島に初めて行ったのもこの時で、「沖縄の神さまは形をとらずに空気の中にいるのかー」と思い、帰ったあと自分が教えているメタフィジックスのクラスでそんな話をしました。

 今年行った最初は娘の夢がきっかけです。10数年好きだったバンドのマネージャーが企画に関するメールに返信してこなくなり応援する気力を失った頃、彼女はジンベエザメの夢を見ました。ジンベエザメを抱きながら車に乗っていて、車ごと水に潜って水族館に入る夢です。抱いていたその子は係員の女性が触った瞬間に生命力を失い、どうしようこのままじゃ死んじゃう!と焦りながらどうにもできなかったと聞き、じゃあ本物を見に行こう!となったのです。

 駐車場から水族館に向かう歩道に出たとき、娘は「ここ!夢で見たところだ!」と大きな声で言いました。私も驚きつつ「実はさ、私が話を聞いたときに頭に浮かんでた景色と全く同じなんだよね」と答えたんですが、こういうことってたまにあるんですよね。ジンベエザメのジンタくんは悠々と水の中を泳いでいました。

 初めて北部に足を踏み入れ、念願だった大石林山改めアスムイハイクスに行き、「北部、好き…」となって帰ってきました。家に着くなり「ああ沖縄行きたい」「わかる」などと言ってたら、自分のクラスの夏のリトリートが沖縄になりました。初めて浜比嘉島に行って、こんな素敵な島があるのかと。娘はシルミチューの隣にあるゆがふの丘のおじぃに懐き、記念撮影までしてもらいました。いろいろ説明してくれていて、「…で、この世界三大美女、わかる?」「ようきひー!」「違う!」「おののこまちー!」「違う、もっと遠いところ!」「はっ!くれおぱとらー!!」「そう!!」…見ていて笑ってしまいました。娘、小学生かよ。

 仕事の関係で11月にも行くことになり、夏にやり残したことがあるという2人も一緒に… という、ずっと沖縄のターン!状態。よく「私はどこそこに呼ばれた」とかいう人いますけど、一回行くだけで呼んでる場所がもういいよ!ってなるわけないじゃないかと思っています。大きなお世話ですが。

 夏はアブチラガマがガイドさんの研修日と重なって入壕できず、1人が希望した沖縄陸軍病院南風原壕群20号、もう1人が行きたいと言った喜屋武岬には行きませんでした。正確な名前を読めない・そこについて調べないなど、場所や亡くなった人たちへの敬意がないなら行くべきではないと思ったからです。私にとって霊的な存在のいる場所に行くときのルールみたいなもので、本当に行く必要がある場所なら自分で知ろうとせずにはいられないはずだし、どんな存在や場所に対しても敬意が大切だと思っています。

 夏の大渡海岸で「相思樹の歌」を歌い、ひめゆりだけでなくその時に亡くなった人たちでまだ上がっておらず、なおかつそれを望む人がいたら「卒業」してもらおうと思っていました。大声で歌って駐車場に戻ったらうるまから来たご一行とガイドさんがいて、本土の人が祈ってくれてるのに自分たちが行かないわけにはいかないね、と言って海岸の方に降りていかれました。ガイドさんは残って私たちと話してたんですが、放し飼いのヤギちゃんたちを「そのうち食べるんだからね」と言い、ヒージャーを作るドラム缶に入っていて大やけどを負い、12歳で亡くなってしまった子の話をしてくれました。

長くなってしまったのでコラムにもかかわらず続く。

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