ガラとサルバドール・ダリの記念プレート

現実を歪める神の回路 サルバトール・ダリとガラ・エリュアール

ダリとガラ 誠実な依存が生んだ召喚の回路

 外側から見ればダリとガラの関係は歪んだもの、滑稽な支配関係だったかもしれない。だがその歪みは、二人にとっては誠実なものだった。ダリは「ガラなしでは何も始まらない」、ガラは「彼を天才にするのは私だけ」と言った。相手をお互いに操作しながら、同時に依存するという関係性だったのだ。1930年代のカダケスでは、ダリは毎朝ガラに「今日は何か描いてもいい?」と尋ねていたという。彼女が頷けば絵を描き、沈黙すれば海を眺めて一日を終えた。彼女の気分が絵の進行を決めるのが彼らにとっての日常だった。

 その一方で2人の間には常に緊張があった。ガラはダリ公認で若い愛人を持っていた。彼は怒りや嫉妬を出すことなく、「彼女が誰といても、彼女の中に私はいる」と言い切った。彼は現実で彼女を支配することを諦め、ガラという存在を「自分の神話の構成要素」として受容していた。

 晩年になってガラはプボル城に一人で暮らし、許可がないとダリは城に入れないという約束だったのも同じ哲学の延長線上にある。二人の関係は儀式めいた形式をとっていて、それでも確かな情で結ばれていた。ガラが病に倒れるとダリは絵筆を持てなくなり、毎日寝室のドアの前に立っていたという。そしてガラの死後、「私はもう現実を通過できない」と言った。彼にとっての創作は、彼女が媒介とならなければ成立しなかった。ガラがいなくなった瞬間に世界の裂け目は閉じ、ダリの装置は動力源を失った。晩年の彼の絵が宗教的なモチーフばかりになったのは、召喚の対象を失ったからだ。

 二人が作った「世界を歪ませ再構成する構造」は、最終的には人間的な「喪失」によって崩壊した。ダリは「ガラがいない世界では、私は存在の位置を見失う」と語った。彼の芸術は、ダリとガラ二人の一見奇妙に見える愛によって開かれた世界の裂け目を写し取る作業だったのだ。その裂け目がガラの死によって永遠に閉じたとき、ダリという存在もまたその機能を終えた。

メタフィジックスとダリの言葉

 ダリの言葉は「現実を通過していた者」らしく、実にメタフィジカルだ。最後にその言葉をいくつか紹介して終えたいと思う。

「完璧を怖れる必要はない。決してそこには到達しないから」 
「大切なことは混沌を拡大することだ。混沌を消し去ってはいけない」
「何も真似したくないと思う者は、何も生み出さない」 「天才になるには天才のふりをすればいい」
「間違いは神聖なもの、それを正すというよりは合理的に考え、誤りを理解せよ。そうすれば間違いを昇華することが可能になる」
「志のない知恵は、翼のない鳥に等しい」
「私はドラッグをしない。私自身がドラッグだ」

 そして「毎朝起きるたびに、私は最高の喜びを感じる。「サルバドール・ダリである」という喜びを」という言葉。私たちもダリのように自らの存在に喜びを感じながら生きていけたら、これほど幸せなことはないのではないだろうか。

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