パティ・スミス

Just Kids-ただの子供だった パティ・スミスとロバート・メイプルソープ

チェルシー・ホテルの魔法

 やがて二人は、芸術家たちの聖地だったチェルシー・ホテルの1017号室に移った。アレン・ギンズバーグやウィリアム・バロウズ、ジャニス・ジョプリンにボブ・ディラン—錚々たるアーティストが集うその場所についてパティは「小さな宇宙が並ぶドールハウスのようだった」と表現している。100の部屋には、それぞれの宇宙があった。壁には芸術作品が並ぶこの壮大なドールハウスで、パティとロバートも自分たちを磨いていった。

 やがてロバートは自身のセクシュアリティと向き合うことになる。彼は男性にも惹かれる自分を自覚し始めていた。パティはそれを受け入れ、二人は恋人としての関係を終えた。「私たちは互いを手放さずに変化していった」とパティは言う。「恋人としての関係は終わったけれど、私たちが持っていたものは、誰にも持てないものだった」。恋愛という定義を越えて、二人は切り離すことのできない一つの生命体になっていく。

二人の道が分かれるとき

 二人のキャリアが開花したのは1970年代だった。パティはギタリストのレニー・ケイとパティ・スミス・グループを結成、1975年にデビューアルバム『Horses』をリリースした。伝説的なジャケット写真はロバートの撮影だ。撮影の決まりはたった一つ、「汚れていない白いシャツを着ること」。パティは救世軍で見つけた白いボタンダウンを着てジャケットを肩にかけ、フランク・シナトラのように立った。ロバートが撮影したのはたった12枚で、8枚目には「これだ」と確信できる写真があった。

 一方のロバートには、アートコレクターの恋人兼パトロンができた。彼の写真は次第に大胆になり、男性のヌード、BDSM、官能的に撮影された花や肖像など、美しく挑発的な作品を次々と発表していく。二人はそれぞれの生活を送るようになったが、その絆が切れたことはない。パティは「今あの写真を見ても、私は自分を見ない」と書いた。彼女はその写真の中に「私たち」-自分とロバートを見ている。

 1976年、パティはデトロイトでMC5の元ギタリスト、フレッド・”ソニック”・スミス(Fred “Sonic” Smith)と出会う。この出会いは彼女にとって「人生が変わった」ものだった。1980年に結婚するとパティは音楽業界を離れ、デトロイト郊外で二人の子供を育てる静かな生活を選んだ。「パンクの女王」は古い家で家事をして、子供たちに本を読み聞かせた。

 それでもロバートとの連絡が途絶えることはなく、毎週のように電話をかけ、手紙を書き、お互いの存在を確認し続けた。

最後の電話と約束

 1989年3月8日の夜、パティは入院中のロバートに電話で「おやすみ」と言った。彼はエイズの合併症でボストンの病院にいた。その翌朝、目を覚ましたパティはその瞬間に彼がこの世を去ったことを知覚した。ロバート・メイプルソープ、享年42。実際の連絡が届くより早く訪れた確信は、肉体の感覚を超えた場所で二人が結びついていた証だろう。

 パティは肉体を失ったロバートに宛てて最後の手紙を書いた。「私が夜眠れずにいるとき、あなたもきっと眠れていないんだろうと思う。あなたは人生で一番暗い時期に私を引き上げてくれた。芸術家であることの聖なる神秘を分け与えてくれた。あなたの作品は源から生まれている。若い頃、あなたは神の手を握っていると言っていた。覚えておいて。あなたは何があっても、その手をずっと握っていた」。

 ロバートは死ぬ前日、「僕たちの物語を書いてくれ」とパティに言ったという。約束を果たすまでの20年で、パティは夫と弟を失っていた。2010年『Just Kids』出版。若い頃、ワシントン・スクエアで奇抜な格好をしていたパティとロバートを見た夫婦の言葉からついたタイトルだ。「写真を撮ってよ。この子たちはアーティストに違いないわ」「やめておけ、ただの子供さ」-二人は「ただの子供」、ただし芸術家の魂を持つ子供だったのだ。

形を変えても続くもの

 パティとロバートの関係はロマンティックな愛から始まり、物理的な距離を経てより純度の高い絆へと変容していった。肉体的な関係が終わることは喪失を意味するものではない。何かが終わることは、常に新しい在り方への進化を含んでいる。パティは「愛を定義する必要があるだろうか」と言う。愛とはただそこに在るものであって、肉体の消滅すらその存在を揺るがすことはできない。

 「人々は私たちの若い頃の写真を見て、あの貧困と苦闘をロマンだと捉える」とパティは言う。「間違いなく美しいことだろう。それでも飢えは飢えだ」というほどの貧困にありながらも彼らは創作し続けた。若かったロバートはパティに言った。「君は有名になる、僕より先に」。パティはロバートに言った。「あなたの写真は世界を変える」。誰も彼らの可能性を信じなかった時代に、二人は誰よりもお互いを信じていた。

 才能への嫉妬や競争心など、アーティスト同士の関係はエゴがぶつかり合う。結果としてその関係は脆いものになりがちだ。だがパティとロバートはお互い「証人」となり、それぞれがそれぞれの成長を見守り、励まし、作品を讃え合った。ロバートがパティに書いたメモにはこんな一節がある。「僕たちは芸術を一緒に作る。世界のあるなしに関係なく」。

 「私は彼の物語を書き続ける」とパティは言う。「彼の名を呼び続ける。彼の作品を世界に見せ続ける。それが約束だから」

 ブルックリンの小さな部屋で出会った二人は「ただの子供」で、それでもお互いを見つけ、信じた。パティは今もステージに立ち、ロバートの撮った『Horses』のジャケットを背に歌い続けている。

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