オフィーリア

オフィーリアの棺 ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティとエリザベス・シダル

境界の芸術家たちシリーズ

ダンテの名を持つ男

 ガブリエル・チャールズ・ダンテ・ロセッティが生まれたのはロンドンのイタリア人家庭だ。父のガブリエーレはナポリから政治亡命した学者で、キングス・カレッジでイタリア語を教えながら、ダンテ・アリギエーリの作品中に秘密結社の暗号があるという著作を書いていた。研究ではスウェーデンの神秘家エマヌエル・スウェーデンボルグ―天使や悪魔と交信して霊界に行ったという―をくり返し取りあげ、地上で起こることは霊界の鏡写しで、人間の愛や情は死後むしろ強まると語っていた。

 ロセッティはこうした背景を持つ家庭で育った。16歳でダンテ・アリギエーリを読み始め、自分の本を出版するときには名前の順序を入れ替え、ダンテ・ガブリエル・ロセッティと名乗るようになる。

 ダンテ・アリギエーリは、生前のベアトリーチェとほとんど言葉を交わしたことがない。遠くから見つめ続け、彼女が若くして死ぬと詩の中で永遠の存在にした。ロセッティはその『新生』を英語に翻訳している。

帽子屋の娘

 1849年のロンドン。若い画家ウォルター・デヴェレルが、レスター・スクエア近くの帽子屋の奥で一人の女性を見つけた。銅色の髪、灰色がかった瞳、憂いの漂う顔立ち。「雄大なほど美しい生き物だ」と感じた彼は、シェイクスピアの『十二夜』のモデルを依頼する。

 エリザベス・シダル、20歳。彼女はこの出会いをきっかけにラファエル前派の画家たちの輪に入ることになった。ロンドンで結成された若い画家の集団は、ルネサンス以前の絵画が持っていた精神的な純粋さを表現しようとしていた。そして1851年、エリザベスはダンテ・ガブリエル・ロセッティの専属モデルになることを承諾。ここから二人の物語が始まっていく。

全てのキャンバスに同じ一つの顔

 ロセッティはただひたすらエリザベスを描いた。座る彼女、立つ彼女、横たわる彼女。スケッチ、水彩、油彩。彼女はベアトリーチェになり、マリアになり、アーサー王伝説の貴婦人になる。ロセッティの妹で詩人のクリスティーナ・ロセッティは兄の絵を見て詩を書いた。「一つの顔が全てのキャンバスから見つめている。同じ一つの姿が座り、歩き、寄りかかっている」

 ロセッティだけではない。ジョン・エヴァレット・ミレーの『オフィーリア』、川面に浮かんだ花に囲まれて漂う狂気の乙女のモデルもエリザベスだ。彼女はドレスを着たまま浴槽に横たわり、水を温めるランプが消えても冷水の中でポーズを取り続けた。そのために重い肺炎にかかり、父親がミレーを訴えたという曰くがある。テート・ブリテンで毎年数百万人が見上げるあの顔は、エリザベス・シダルの顔だ。

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