坂口安吾1947年 林忠彦

坂口安吾大好き!人間と社会を見据える形而上学 境界の芸術家たちシリーズ

人間・坂口安吾

 坂口安吾はいくつかの同人誌に参加しており、多くの作家たちとの交流がありました。作家の佐藤春夫は「坂口は世俗的などんな先入観念にも煩はされるところなくぢかに人間を見た。そのため人間の心理は彼は可なり深く知るところである」と評しています。京橋の酒場「ウヰンザア」で中原中也と知り合い、尾﨑士郎との交流も知られています。

 精神的に弱い面があった安吾が檀一雄の家に居候していたこともありました。このとき安吾がなぜか三千代夫人に「ライスカレーを百人前頼んでこい」と言った通称・ライスカレー百人前事件がありました。ちなみにこのとき注文した辰巳軒は今でも石神井で営業していて、メニューにはカレーもあるそうです。安吾はほかに、お好み焼きの鉄板に手をついた通称・染太郎火傷未遂事件も起こしています。女将さんが大きな氷ですぐに冷やしてくれたので火傷にならずにすんだ「火傷未遂」、西浅草のこのお店には「テッパンに手をつきてヤケドせざりき男もあり」という安吾の色紙が飾られています。ちなみに泥酔していたことが理由のようです。

独立した個人の力が社会を変える

 坂口安吾は、とことんまで考え抜く形而上学的な思考と、人間らしさが両立したなんとも魅力的な人でした。固定観念や常識に囚われずに嘘を嫌い、天皇制も共産主義や共産党、社会党なども右派左派問わず「マルクスレーニン筋金入りの集団発狂あれば、一方に皇居前で拍手をうつ集団発狂あり、左右から集団発狂にはさまれては、もはや日本は助からないという感じ」と批判しています。すき。

 「人生の問題は根本に於て個人に帰し、個人的対立の解決なくして人生の解決は有り得ないといふ厳たる人生の実相から眼を転ずることが出来ない」という言葉はまさに現代にまで続いています。人や社会、政治のせいにしたところで意味はなく、個人個人が人間性を変化させなければならないと安吾が書いたのは1947年。この80年弱、大まかな状況は変わっていないのではないでしょうか。

 最後に安吾が残した言葉を書いてこの記事を終えたいと思います。

「私はただ人間を愛す。私を愛す。私の愛するものを愛す。徹頭徹尾、愛す。そして、私は私自身を発見しなければならないように、私の愛するものを発見しなければならないので、私は堕ちつづけ、そして、私は書きつづけるであろう。神よ。わが青春を愛する心の死に至るまで衰えざらんことを。」

太宰治情死考

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