マヤのシャーマン

繋がりを取り戻すための二極(後)─シャーマニズムと身体感覚

 前編『神秘思想と「感覚」との繋がり』では、神秘思想家たちが提唱した「人類がかつて持っていた感覚や知覚」をどう再起動させようとしたかを紹介しました。よく言われるように地球が二元性の星だとしたら、その対極には異なった思想や方法論が存在します。どの点で切り取るかによって極は異なりますが、ここでは「世界とのつながりをそもそも失っていない」― シャーマニズムについて見ていこうと思います。

 南米の先住民族やネイティブアメリカンなどのシャーマンたちの実践では、身体を媒介にして世界との繋がりを持続させてきました。常に「今ここ」にあり続けようとしてきた方法論です。

 マヤの暦の中でも特に有名なのは260日のツォルキン暦でしょう。この暦は、宇宙の周期と個人の行動を調和させるために使われていました。毎日の「キン(日)」は固有のシンボル、数字、エネルギーを持ち、人々はその日に合わせて農作業や儀式を行い、祈りの内容を変えていました。暦は生きるために不可欠なもので、踊り、歌、祈りなどを通してそのリズムは身体に刻まれていきました。日々の生活そのものが暦に応えるものだったと言えるのではないでしょうか。時間の流れに自らの身体を合わせ、宇宙と足並みを揃えようとしたのです。

 アパッチの通過儀礼として知られるものに、自然の中で断食や瞑想を行うことで幻視を得る「ビジョンクエスト」があります。この儀式を受ける青年は、夢や動物、自然との接触から自分にとって意味のある象徴や名前を受け取ります。このプロセスには、一人の人間が霊的アイデンティティを獲得するという目的があります。断食によって身体の感覚を研ぎ澄ますと、自分の置かれた環境の些細な変化や自身の内側に敏感になります。この過程を通して、身体感覚で世界と対話する能力が鍛えられるのです。

 アンデスの三層世界―ハナ・パチャ(天界)、カイ・パチャ(現世)、ウク・パチャ(アンダーワールド)への知覚は、祈りや儀式の中で身体的に実践されます。祈るときは東西南北の方角を向き、デスパチョ(献げ物)を作るときは色や動作、配置によって世界を写し取ります。チュンピストーンも方角や自然界と関連づけられ、癒しを起こすために身体の特定の位置に置きます。厳しい高地という自然環境の中、呼吸や重力さえ自然との応答になる… そんな日常を過ごす人々にとって、身体を使った宇宙との交流は自然の流れだったのでしょう。

 シャーマニズムという範疇に入れていいのかはわかりませんが、バビロニアのアキトゥ祭では、王が「神になる」ことで世界の再創造を行っていたといいます。儀式の中で神話を再演するのは、宇宙秩序を更新することで世界が続く仕組みを保持するためのものでした。彼らは「世界が終わらないように」、世界を再創造する劇を演じていたのです。

 これらに共通するのは「世界はすでにそこにあるもの」として存在していること。前編のように「失われたものを取り戻す」のではなく、すでに在るものを保ち続けようとする哲学です。自然の声を聴く、身体を動かす、同じリズムを繰り返す。そんな中で、身体は自然に世界を認識していくのでしょう。

 今あなたが求めるのはどちらでしょう―「失ったはずのものを取り戻す」のか、それとも「すでにそこにあるものを認識する」のか。両極にいる人々は、それぞれ異なった哲学と方法論で、おそらくは同じ問いへの答えを出してきました。同じ頂上を目指すにもいろいろなルートがあり、どのルートが優れているということではありません。魂が惹かれる方向へ一歩足を進めたとき、「世界」も一歩あなたに近づいているのです。

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