神は「在る」 アマミキヨに見る戦わない世界の女神たち
沖縄の神々と記紀の神々
日本中の古い神社やそれ以前から祀られていたであろう神籬、磐座を片っ端から訪ねていって、半年ほど前にふっと出てきたのが以前一度だけ訪れたことのある沖縄だった。その時は「沖縄の神さまは空気の中に溶け込んでるんだな、神社とは全然違う在り方だな」と思った程度だったのだが、今年に入ってまた沖縄にフォーカスが当たり、本島を東西南北まんべんなく廻るために3度訪れることになった。
そもそも私は古事記・日本書紀が歴史書だと思っていない。持統天皇の意向は色濃く反映されたはずだし、そもそも歴史書が正確な事実を表さないことは日本と中国の歴史教科書を見ても明らかだ。戦い続けた大和朝廷の中央集権プロジェクトのひとつが記紀編纂で、豪族たちの神々は征服されて天皇家の系譜に再配置され、磐座など自然神の系統は歴史から零れ落ちてしまった。この辺りは新撰姓氏録で確認することができる。
だが、世界はひとつから分裂した流れで現在に至っているのだから、神の世界において本筋は「より古代のもの」であるはずだ。なにせ、その神々は「戦っていなかった」のだから。ちなみに私は特に天皇家というものに不満があるわけではない…当初の役割だった「祭祀者」として成立している限りは。「どんな人間に神が降ろせないか」を知る者として、天皇家といえども安心して国を任せられない(=神を降ろせない)人間もいると考えている。
アイヌ文化と琉球の神々は、より大元の「神」に近い。私は世界の陰陽だと考えているエジプトとインカのスピリチュアリティを実践している人間だが、すべてに神が宿るという哲学的な原理は世界の先住民たちのそれと共通し、「神たる自分を信じない者には罰を与える」という二元論になっていない。すべての中に神を見る人々は、自らの支配を正当化するために歴史書を作るなど思いつきもしないだろう。
アマミキヨが作った祈りの場
琉球神話の創生神であるアマミキヨは、天の神から命を受けて夫シネリキヨと共にニライカナイ…海の彼方からやって来たという。久高島のイシキ浜と斎場御嶽が有名だが、沖縄中に祈りを捧げるための御嶽がある。彼女たちはまず久高島のイシキ浜に降り立ち、対岸の斎場御嶽、玉城の高地へと聖域を広げた。海、浜辺、山という三点は、海・陸・天を表していると考えられ、「アマミキヨは島々に祈りの秩序を置いていった」と言われる。彼女は戦って自らの領土を増やしたわけではなく、祈りの場を作っていった。イザナギ・イザナミの「国生み」が権力の始まりだとすれば、アマミキヨ・シネリキヨは共同体が安全に循環する仕組みを作った。