アブラモヴィッチとウーライ

二つの頭を持つ一つの身体 マリーナ・アブラモヴィッチとウーライ

引き裂かれた人間

 かつて人間は球体だったという。頭が二つ、腕が四本、脚が四本。大地を転がりながら神々をも脅かすほどの力を持っていた。恐れたゼウスは人間を真っ二つに引き裂き、それからずっと私たちは失われた半身を探し続けている-。プラトンが『饗宴(Symposion/シュンポシオン)』で語った愛の起源の物語だ。

 1976年、二人のアーティストがこの神話を体現しようとした。パフォーマンス・アーティストの名はマリーナ・アブラモヴィッチ(Marina Abramović)とウーライ(Ulay)。彼らは自分たちを「二つの頭を持つ一つの身体」と呼び、12年もの間融合を試みた。お互いの息を吸い合い、顔を殴り合い、心臓に矢を向けた。そして最後に、万里の長城を歩いて別れた。

 彼らは失敗したのか、それとも成功したのか。その問いについて考えようとするなら、まず二人がどのような人間だったのかを知る必要がある。

キスされなかった少女

 マリーナは1946年にユーゴスラビアのベオグラードで生まれた。両親ともにパルチザンの英雄で、戦後はチトー政権の高官-父ヴォインは元帥の親衛隊、母ダニツァは革命博物館の館長という名誉ある仕事に就いた。だが幼い娘にとって、この家庭は戦場だった。

 「母は一度も私にキスしなかった。甘やかすことになるから、と」。マリーナはそう語っている。日常的に殴られる中、彼女は心因性の出血障害を発症し、傷からは何時間も、時には何日も血が流れ続けた。そして誰からも何も教えられていないまま初潮を迎える。父親はある日12個のシャンパングラスを叩き割って家を出て行き、18歳のマリーナと弟は完全に母親の支配下に置かれた。

 マリーナは29歳になっても夜10時の門限を守っていた。その頃にはすでにナイフで自分の指の間を刺し、燃える五芒星の中で意識を失い、観客に72個の道具を使って自分の身体を好きにさせるという過激なパフォーマンスを行っていたにもかかわらず。「家を出るという発想すらなかった」と彼女は言う。なぜなら「東欧では何世代も同じ家に住むのが普通だった」からだと。

 幼少期の彼女に「動かない」ことを教えたのは祖母ミリツァだ。6歳までマリーナを育てたミリツァは、ある日「テーブルの前に座って、私が戻るまで動くな」とマリーナに命じた。幼いマリーナは水も飲まず2時間ただじっと座り続け、これが後に736時間座り続けた『The Artist is Present』の原点となる。

防空壕で生まれた男

 ウーライは本名をフランク・ウーヴェ・ライジーペン(Frank Uwe Laysiepen)という。彼は1943年にドイツのゾーリンゲンの防空壕で生まれた。空襲の最中のことだった。父は国防軍の将校として二つの世界大戦を生き延びたが心身を壊し、ウーライが13歳のときに死んだ。その2年後、母親は事実上彼を捨てた。ウーライは15歳で孤児同然になったが、後に「解放だった」と語っている。

 21歳のときウーライは写真スタジオを経営していて、すでに妻と3歳の息子がいた。彼は戦後ドイツの経済復興を体現するような若者だったのだ。やがて彼はアムステルダムを訪れ、プロヴォ運動やカウンターカルチャーを前にして衝撃を受ける。そして次の年には妻と息子を捨ててアムステルダムに移住した。「ドイツ性を脱ぎ捨てたかった」「ドイツでは自分を発見できなかった」彼は同時に写真スタジオも本名も捨てた。名前の一部を組み合わせて「ウーライ」と名乗り、トランスジェンダーやセックスワーカー、ドラッグ中毒者たちを撮影し始める。

 ナチス将校の息子として生まれ、父を失い、母に捨てられ、妻子を捨てた男。彼はその後も「子供を作って去る」というパターンを繰り返すことになる。

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