Nanahuatl_Tecciztecatl

『メキシコの神々』第一章・序論 1-9 メキシコ後期における信仰の要素

Éclusette, CC BY 3.0 https://creativecommons.org/licenses/by/3.0, via Wikimedia Commons
※著作権の切れた書籍を翻訳・意訳して掲載しています。『The gods of Mexico』Lewis Spence 翻訳した文章©StellaCircus

 より高度な宗教体系は、天体への深い理解から発展したと言われることが多い。だが、こうした観念の背後に少なくとも二種類の考え方が存在することを、比較宗教学の研究者たちは充分に認識しているだろうか。太陽・月・星などの天体が、その特徴から神格化される場合、すでに知られている神と同一視される場合の二種類だ。

 メキシコ神話にこんな話がある。テオティワカンに神々が集まっていたときのことだ。ナナワトルとテクシステカトルが炎の中に身を投げ、それぞれ太陽と月になった。それからほかの神々も自らを犠牲にして「星々に命を与えた」。その神々は星座と同一視されて「センツォン・ミミスコア(北方の四百人)」、「センツォン・ウィツナワ(南方の四百人)」と呼ばれるようになり、それぞれ天の北と南の領域を占める存在となった。

 この神話やテスココ地方の異伝ではナナワトルが太陽神とされている。だが民衆信仰や神官儀礼では太陽神として崇拝されていた形跡はなく、ナナワトルはむしろ特徴のはっきりしない神ソロトルの一形態と見なされていた。テクシステカトルが月の神とされていたのは確かだが、太陽神ははトナティウやピルツィンテクトリという名で知られていた。

 太陽崇拝がメキシコで比較的新しい制度だったと考えられることには、いくつかの妥当な理由がある。一部の地域で太陽信仰が古くから存在していた可能性もあるが、それでも太陽信仰が後発的なものだという見る根拠があるのだ。これらについては、太陽神の性質を明らかにする際に、より詳細に取り上げることになるだろう。

 太陽崇拝とケツァルコアトル信仰(メキシコ宗教で新旧両方の文明的要素を代表する)が雨の神への信仰と融合した現象は、世界の宗教史では孤立した例ではない。多くの人がエジプトでのオシリスとラーの信仰の融合を想起すると思う。神官たちのラー信仰は、民衆の支持を受けたオシリス崇拝に対して従属的な立場になっていった。ケツァルコアトル信仰も、またある程度は太陽信仰も、メキシコ社会全体で雨の神を中心としたより古い大衆的信仰ほどの影響力を持たなかった。

 太陽信仰は、自然な形で雨の神への信仰と結びついていった。そしてケツァルコアトルの信仰も融合した。ケツァルコアトルが「運命の書(トナラマトル)」の創設者または発明者だとする神話は、神官たちがその信仰体系を農耕中心の大衆宗教に結びつけようとした努力を反映しているのだろう。またそれは、民衆の間で混沌としていた観念を象徴的に整理・体系化しようとした試みでもあった可能性がある。

 このトナラマトルがサポテカ、ミシュテカ、あるいはマヤ地域からもたらされたものだったにせよ、アステカの宗教体系に取り込むには、相当な技巧と構成力が必要だった。

 ケツァルコアトルの神官団と信仰体系は、中央アメリカからメキシコにかけて広く浸透していた。彼らは地域に応じて柔軟に適応し、地域ごとに異なる結果をもたらしていた。祭司層が高い学識と能力を備えていたので、メキシコの宗教制度においてはケツァルコアトル教団が主導的地位を占めていたようだ。

 ただし、この教団は人身供犠や儀式的カニバリズムに対して一定の距離を保ち、過去にはこれらを否定していた可能性が高い。そのため、後世では他の宗教体系とは一線を画した、やや孤立した性格を帯びることになった。

『メキシコの神々』ルイス・スペンス 序章
『メキシコの神々』第一章・序論 1-1
『メキシコの神々』第一章・序論 1-2 メキシコ宗教の古代性
『メキシコの神々』第一章・序論 1-3 メキシコ宗教の起源 ― 異文化融合と信仰体系の形成
『メキシコの神々』第一章・序論 1-4 メキシコにおける初期宗教の痕跡
『メキシコの神々』第一章・序論 1-5 成長の要素の神格化
『メキシコの神々』第一章・序論 1-6 原始的影響の証拠
『メキシコの神々』第一章・序論 1-7 アニマル・ゴッド
『メキシコの神々』第一章・序論 1-8 雨の神格化、生贄

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