マン・レイ

カメラの奥で揺れた意識 マン・レイと二人の女性たち

リー・ミラー 視線を返す対等な女性

 当時モデルをしていたリー・ミラーは、自分でも写真を学びたいと考えていた。彼女が1929年にマン・レイのアトリエを訪れ「あなたの暗室を見せてほしい」と言ったエピソードはよく知られている。洗練された美貌を持ちながら受け身でいるタイプではなく、自分の望みをはっきりと相手に伝えるという点でキキと共通している。

 いざ撮影を開始したとき、マン・レイはキキのときにはなかった状況を経験することになった。リーは自分のカメラを覗いてファインダー越しにマン・レイを見た。それまで一方的に撮る側だったマン・レイは初めて観察される側になり、撮られる側のリーは同時に観察する側にも立っていた。キキの時とは異なり、お互いの意識がぶつかることでそれまでとは違う変化が生まれることになる。

 二人を象徴する技術が「ソラリゼーション」だ。ソラリゼーション…ネガの反転によって、マン・レイは現代に至るまでその名を残すことになった。リーが暗室のライトをつけるというミスをしたことで偶然に起きた現象だが、マン・レイはこれを「写真が私たちを反転させた」と説明した。これはリーと出会ったことで観察されるようになったことが根底にある言葉だ。お互いがお互いに意識を向ける、二つの意識の流れからソラリゼーションは生まれた。

 マン・レイと共に暮らし自ら撮影をするようになったリー・ミラーは、数年後に彼の元を去る。そしてこの別れのあと、マン・レイは《Larmes(涙)》を制作した。頬にガラスの涙を置いた女性の目元をクローズアップした作品は、視線を向ける相手を失ったマン・レイが応答の欠落を訴えたように感じられる。

二人の女性それぞれの意識の層 像はどう結ばれたのか

 キキ・ド・モンパルナスとリー・ミラーは、それぞれの時期におけるマン・レイの制作方法を変化させた。彼女たちのあり方に影響を受けて、マン・レイ自身の意識が別の層で働いていたことが決定的な理由だろう。

 マン・レイの感情の層を強く揺さぶったのがキキだ。感情の層は意識の中では比較的表層にあり、外部からの刺激に対して直接的に反応する。キキの身体性、生々しい感情表現がマン・レイに響いた。「構図は自然に決まっていく」のは、この層で起きる波のような揺れが写真の形を導くからで、撮影対象である彼女がいれば自ずと形になってしまう。アストラル層と呼ばれる感情の層は他者の影響を受けやすく、感情や衝動が生々しく反応する領域だ。キキは意図や思考を飛び越えてマン・レイに「生」を与えていた。

 リー・ミラーは被写体としてではなく、自分の意思を持って創作に関わろうとしたことで異なる層に働きかけた。「レンズを通して見るはずの対象が同位にある状態で自分を見返す」という写真においては異質な出来事によって、マン・レイの思考の層に揺さぶりをかけた。このメンタル層は観念や意味、哲学などの領域で、リーはその構成原理に触れた。写真とは、構図とは、作品の意図とは…そんな問いが再編される中でのソラリゼーションとは、なんと象徴的なことだろう。リーはそれまでのマン・レイを「ひっくり返し」たのだ。

変化する像と動かされる意識

 彼女たちを撮影した作品は構図も撮影の意図もまったく異なるが、マン・レイは恋愛をテーマにした作品を作っていたわけではない。誰かと密な関係を結ぶことで意識のあり方が変化した結果として作品が変化したという順序だ。マン・レイの作品制作に恋愛が大きな影響をもたらしたのは確かだが、意識を変化させるトリガーとしての役割が重要だった。彼の作品は意識によって生まれた一種の波形図のようなものだったのかもしれない。

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