マヤ族の魔術的世界

世界に属したことがない女 レオノーラ・キャリントン

シュルレアリスム最後の女神

 レオノーラ・キャリントン(Leonora Carrington, 1917–2011)は通称「シュルレアリスム最後の女神」、画家・作家として知られる女性だ。晩年は亡命先での活動から「メキシコ魔術芸術の母」となった。だが彼女という存在は、その肩書だけでは理解が難しい。

 「夢と現実を区別しない」と本人が言った通り、キャリントンは見えた世界を因果関係にかかわらずそのまま受け取っていた。物語を書いていても、不意に異質な要素が入り込んでそのまま話が続いていく。彼女には出来事を区別する・意味をつけるなどの意味が理解できなかった。彼女の絵には奇妙な動物や半人半獣の存在が登場するが、キャリントンは「あれは写生よ」と言い、友人も「彼女は見えているものを描いている」と証言している。彼女の目に映る世界は一般的に考えられる「世界」とは違うものだったのかもしれない。

曖昧な夢と現実の境界

 キャリントンは英国の上流階級に生まれ、厳格な家庭で育った。だが彼女はその秩序に馴染めない子供だった。大人たちは自分たちの流儀通りの型にキャリントンをはめようとしたが、彼女は決してそれを受け入れなかった。「彼らは私に狩りと舞踏会と社交界への適応を求めた」とキャリントンは言い、学校の成績表には「協調性がない」と書かれた。修道院系の学校を何度も退学・放校処分になり、のちに親交を深めることになったジャーナリストの従妹ジョアンナ・ムーアヘッドからは「彼女は何も受け入れようとしなかった」「野生の従妹」と評されている。

 彼女は生まれつき「違って」いて、他人からの承認も罵倒も不必要でしかなかった。彼女は形而上学者や神秘家たちと似た「二元論的な世界、すべてに白黒をつけたがる世間一般の思考」とは正反対の価値観を持っていた。占星術や錬金術に造詣が深く、自らのルーツでもあるケルト魔術、神智学、カバラやシャーマニズムの技術などを実践したが、特に「過去の異教的なもの、特にグノーシス主義」に興味を抱いたという。レオノーラの「自分は体制側に異論を唱えるアウトサイダーだ」という自認と、異教徒と呼ばれた人々の「自分はよそ者、エイリアンだ」という感覚は同質のものだと言えるだろう。

キャリントンの世界と現実が重なった時期

 パリで二人が出会ったのは1937年。キャリントンが20歳、マックス・エルンストは47歳の頃だ。一緒に暮らし始めた二人は、アルデンヌの森の家で制作を続けた。この恋愛関係はお互いの作品に影響を与え、エルンストの作品には幻想的な感覚、キャリントンの方には硬さが見られるようになった。エルンストはキャリントンを「現実世界に繋ぎとめる存在」だった。元々二人の世界認識には違いがあり、エルンストが朝目覚めたキャリントンに「君は夢の続きを見ているのかい」と尋ねると、彼女は「夢じゃないわ、向こう側が見せているだけ」と答えたという話がある。エルンストは友人に宛てた手紙で「彼女の現実は僕の現実より深い。それは恐ろしく、そして美しい」と書いたという。

 二人の家には鶏や猫、馬などの動物が自由に出入りしていて、キャリントンにとってそれは当たり前のことだった。この時期の彼女の作品には馬や鳥が頻繁に描かれ、エルンストも鳥人間のモチーフや人のシルエットに動物の足が生えたなどの図象を描くようになった。アルデンヌで暮らした時期は、キャリントンにとって数少ない「自分の感覚と現実が並列にあった」時期だと言える。現実が彼女を型にはめようとせず、彼女の感覚世界は大切に扱われていた。いわば現実の方がキャリントン側に歩み寄っていたのだ。

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