兵庫県佐用町・道満塚

イケメンすぎる陰陽師?芦屋道満とは

 平安時代の陰陽師といえばあまりにも有名なのが阿倍晴明だ。だが、晴明のライバルとして対比される陰陽師として異彩を放っていた男がいる。そう —— 芦屋道満だ。

 歴史の表舞台では「晴明に敗れた悪役」として語られることが多い芦屋道満だが、もしかすると彼こそが庶民のヒーローであって、晴明より当時の人々に愛された“野良陰陽師”だったかもしれない。今回は、芦屋道満の真実とミステリアスな素顔に迫る。

為政者の陰陽師、民衆の陰陽師

 当時の陰陽師は怪しい存在ではなく、朝廷に仕える公務員のような職業だった。だが、道満は違う。彼はどの派閥にも属さない ―― いわばアウトローな陰陽師で、庶民のために祈祷や呪術を駆使していたとされる。播磨国の民間陰陽師集団出身で、安倍晴明のように朝廷との縁はなかった。

 伝説では藤原道長への呪いを巡り「安倍晴明との呪術合戦に敗れた宿敵」として登場することが多い。道満が道長にかけた呪術を破ったのが安倍晴明だとされている。だが、冷静に考えてみてほしい。道長は民衆にとって益となる為政者だったのだろうか。自分たちの一族さえよければ民草など気にかけないような為政者だった可能性は…?

 「晴明が貴族に仕えるエリート陰陽師なら、道満は民のために生きた陰陽師だったのでは?」

 実際、道満は単なる呪術師ではなかった。芦屋に伝わる伝承や『御伽草子』では、医学や土木技術に関する深い知識を持ち、洪水や疫病から人々を救ったとされる。

美しすぎる陰陽師——道満はモテすぎたのか?

 フィクションの世界で道満は、なぜかイケメンとして描かれることが多い。能や歌舞伎、江戸時代の戯曲では、「絶世の美男子」とされ、しまいには安倍晴明の妻を寝取ったなどというとんでもない話まで登場する。

 そもそも、平安時代は美の基準が現代とは異なる。「白い肌」「長い黒髪」「しなやかな体型」こそが美の象徴だった。道満は現代でいうところの中性的な美形男子だったのかもしれない。

 さらに、彼は呪術だけでなく医学にも長けており、当時の女性たちにとっては「イケメン医師」のような存在だったのではないか? 現代でも「美しくて頭が良くてミステリアスな男」はモテる。そう考えれば、道満の“モテ伝説”にも妙な説得力がある。

 では、なぜ道満は「悪役」扱いされるようになったのか? その理由のひとつは、彼が体制側に属さなかったからではないだろうか。

・安倍晴明は、朝廷に仕えたエリート陰陽師

・芦屋道満は、庶民のために生きた陰陽師

 権力者にとって、道満のような存在は都合が悪い。だからこそ、後世の物語では彼を「晴明に敗れた悪役」に仕立て上げたのではないだろうか。

だが、民衆の記憶の中では道満は正義の陰陽師だった。そして、時間の経過とともに悪役という役割になっても、民衆に愛された存在だったことは人々の無意識に残っていた。「天才的な悪役」が愛されるように、道満もまた、人々にとってカリスマ的な存在だったのかもしれない。

 芦屋道満は、ただの「晴明のライバル」ではない。むしろ、権力に属さず、民衆のために生きたアウトローな陰陽師だった可能性が高い。そして、フィクションの世界では美貌とカリスマ性を兼ね備えたキャラクターとして、今なお多くの人々を魅了している。

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