《中国怪談地図》四川 霧に消える村と山魈の影
四川と聞いて、何をイメージしますか?パンダ、火鍋や麻婆豆腐、青い水が美しい九寨溝…。高い山とその間にある深い谷から成る四川には、上海や北京とは異なる自然型の怪異が存在します。Google Mapに出てこない山間の土地には、私たちの思う「現代生活」が忘れてしまった世界が残っているのかもしれません。
例えば、チベット文化圏に近い四川西部の山岳地帯は濃霧で知られています。この霧は「山の精霊の吐息」と呼ばれ、人を迷わせると恐れられてきました。山に入る前には酒や穀物を供えて杜松(ジュニパー)を焚くサンという儀式を行い、精霊に道を開いてもらいます。これをせずに山に入ると霧によって道が閉ざされ、二度と戻れないと言われてきました。
中国のバミューダ・黒竹溝
楽山近郊の黒竹溝は、中国のバミューダと呼ばれる難所です。濃い霧や磁気の異常、行方不明者が出たという話が絶えず、1980年代には新聞やテレビで取り上げられたこともあります。最近になってからも調査隊が60キロの山道を踏み分け、磁気の乱れを確認しました。この調査でも怪異を説明することはできず、黒竹溝の謎は科学力を持ってしても消えることはなかったのです。
中国の掲示板にもこんな書き込みがありました。
「友人が黒竹溝を歩いていたら、急に真っ白な霧に包まれた。背の高いもやが現れて『戻れ』と言われ、気がついたら入口に立っていたそうだ」
「写真を撮ったら、森の奥に人間くらいの高さの影が写っていた。腕が異様に長く、猿とも人ともつかない姿だった」
霧に潜む猿人・山魈
かつてオカルト界を席巻したヒマラヤの雪男というUMAがいますが、四川にも「山魈(シャンシャオ)」と呼ばれる猿人の言い伝えがあります。体中が灰褐色の毛に覆われ、背が高く、霧の日に姿を現すとされる山魈は、「野人海」とも呼ばれる康定の湖・木格措に出没したと言われています。1980年代には雅安地区で巨大な足跡が見つかり、新聞にも掲載されました。学者たちはクマやマカクの見間違いだとしましたが、地元の人々は今でも山魈の足跡だと信じています。
山魈は恐ろしい存在というだけではなく、人を助けることもあると言われています。「戻れ」と言われたら村に戻ることができますが、何も言ってもらえなかった者は迷ったままになってしまうのです。このことから「山魈に許された者だけが家に帰れる」と言われるようになりました。
山と人を隔てる霧
今でも四川の村々には山に入る前に火を焚き、霧が晴れるよう祈る習慣が残っています。煙と霧は境界に存在し、そこで山の精霊は人間を受け入れるか拒むかを選ぶのです。濃い霧の中で長い腕の影を見かけたら、守護してくれるのか、それとも拒まれるのか…。それは山が決めるのでしょう。
四川の霧は、ただの自然現象ではありません。人と精霊の境界を映し出す鏡であり、そこに語られる怪談は、自然と人間が交わる瞬間の記憶なのです。