不可思議大好き!「絶望のジャグジー」と海底の湖
Image courtesy of the NOAA Office of the NOAA Office of Ocean Exploration and Research.
今回のテーマはちょっと変わり種です。”海の中に湖がある”なんて、にわかには信じがたい話ですよね。でもこれ、SFでも都市伝説でもなく、れっきとした現実のお話なんです。
深海の海底には「ブラインプール(塩水溜まり)」と呼ばれる不思議な場所が存在します。周囲の海水よりも塩分濃度が3〜8倍も高い超濃度の塩水が、海底のくぼ地にたっぷりと溜まっているんです。塩の密度がとても高いために普通の海水とはほとんど混じり合わず、まるで海の底に「もうひとつの水面」が生まれたような見た目になります。波打ち際のような境界線まで存在するから、まさに”海底の湖”という表現がピッタリなんですよね。
中でも有名なのがメキシコ湾で発見されたブラインプール、通称「絶望のジャグジー」です。水深約1,000mの海底にあり、塩分濃度は周囲の海水の約4倍。さらに高濃度のメタンガスや硫化水素まで含んでいるため、ほとんどの生き物にとって即死レベルの猛毒の水域です。YouTubeなどに出回っている映像には、誤って湖に迷い込んだカニがそのまま絶命してしまう様子も映っていて、その恐ろしさが実感できます。研究者が「絶望のジャグジー」と名付けたのも、なかなかのセンスですよね…。
この高濃度塩水のおかげで迷い込んで死んでしまった生物は何世紀にも渡って、腐敗することなく保存されています。
では、なぜこんな場所が存在するのかというと、鍵は遥か昔の地球の歴史にあります。メキシコ湾の場合、約1億6,500万年前のジュラ紀に湾が孤立して蒸発し、巨大な岩塩層が形成されました。その後、地殻変動によって堆積物の隙間から海水が岩塩を溶かし続け、超高濃度の塩水が生まれたのです。気が遠くなるような時間をかけてできた、地球規模のフラスコというわけです。
ところが、これほど過酷な環境でも生き物はいるんです。ブラインプールの縁には、メタンや硫化水素をエネルギー源にする化学合成細菌が繁殖しており、それを食べるムラサキイガイやチューブワームなどが独自の生態系を作り上げています。太陽光も酸素も届かない死の領域で、ひっそりと命が灯っているのは何だか感動的でもありますよね。
この極限環境は宇宙生物学の観点からも熱い注目を集めています。土星の衛星エンケラドスには地下に海が存在すると考えられていますが、その環境はブラインプールと非常に似ているとされているんです。もしかしたら、地球の深海の湖に生きる生命の研究が、宇宙に生命がいるかどうかの答えに繋がるかもしれない。海の底の「絶望のジャグジー」は、意外にも宇宙の謎への入り口だったりするんですよ!