スコットランド・スカイ島 フェアリー・グレンのケルトの螺旋

意識のマニュアル ─ 古代ケルト 境界をほどく霧と円環と音

 古代ケルトの霊的世界は、森と霧、石と歌、そして「境界」などの概念で構築されている。死と生、神と人、自然と意識…それらは厳密に区切られたものではなく、霧のように溶け合っていた。ドルイドたちが保持していた叡智、ケルト的輪廻観、円環の象徴、呪力を持った歌。霧・円・音は目に見えない境界をほどき、人間の意識を別の層へと導いてきたのだ。

境界を曖昧にする意味

 ケルトの霊的世界では、曖昧なものが重要視される。夜明けや夕暮れ、春分や秋分の中間日、境界の村、霧のかかった森。こういった「どちら側でもある場所」は、霊的世界と現実世界が交差すると考えられていた。

 シュタイナーは「ケルトの霊的世界は明確化ではなく共鳴を志向した」と述べ、光と闇、現実と霊の間に第三の状態を置くことで、意識が新たな層に浸透するという。民俗学者ヴィクター・ターナーが提唱した「リミナリティ(境界的状態)」とも共通する。社会的な役割や日常の秩序から一時的に外れた「曖昧な中間段階」…通過儀礼の途中や、祭り・巡礼の最中など、古い自分ではないが、まだ新しい自分になりきっていない状態のことだ。

 ターナーは価値観や意識の変化が起きやすい時間や空間、境界にある状態が変容を促し、新しい自分に移行するための通路となると考えた。ケルトでは夜明けや夕暮れ、霧の中、季節の変わり目がリミナリティに当たる。

円環構造 反復と深化

 古代ケルトの一年は、冬の始まりを告げる10月末のサウィン/サムハイン(Samhain)から始まる。春分・夏至・秋分・冬至に加えて、その中間点では2月のインボルク(Imbolc)、5月のベルテーン(Beltane)、8月のルーナサ(Lughnasadh)という火祭が行われ、再びサウィンが巡ってくる。この八つの節目は太陽を元に農耕・牧畜の周期と結びつき、同時に霊的な暦としても機能した。古代ケルトでは時間も空間も円環的なものだった。

 死は終わりではなく、次の円環に入るためのゲートだ。そこをくぐることで魂は新しい段階へ入り、意識は変容する。この「死と再生」のイメージは、ストーンヘンジやブルーナボイニー遺跡に見られる。太陽や月の位置を示す巨大な石のサークル…人々が円を巡るのは宇宙や魂の循環の象徴だ。

 遺跡や古代ケルト美術では、外側から中心へと潜り込む螺旋文様がよく見られる。意識が深層へ下降していく運動や、死を経て再び新たな生命へと移行する再生の道を象徴する模様だ。石のサークルや螺旋は、内的進化を象徴する空間図でもあった。螺旋は、同じ場所に戻ったようでいて、実は深層に潜り込んだ“意識の下降運動”を表す。

 これは20世紀フランスの哲学者シモーヌ・ヴェイユの思想にも通じる。ヴェイユは『重力と恩寵』で、人間の生は「重力」と「恩寵」という二つの力に引かれ続けるのだと言った。重力は欲望やエゴという引力として私たちを引きずり降ろそうとし、恩寵は愛や真理として人間を高みへ導く。彼女は「恩寵の翼を携え、進んで下降」しなければ、と書いた。外側の成功や肥大した自我から離れ、意識を深層へ沈めて本質的な中心に至る逆説的な道だ。ケルトの螺旋も同じように、螺旋を潜っていくことで境界をほどき、自分自身の深層へと辿り着こうとする。

音と歌の呪力

 ケルト文化において、境界をゆるめる媒体となったのは「音」だ。ドルイドは言葉と旋律で伝承を保った。北欧と同じように、フィリッドと呼ばれる詩人、バードと呼ばれる吟遊詩人がその記録を詠ったのだ。音は空間に染み込み、聞く者の意識に直接触れる。特定の言葉や音階は私たちの身体と心を震わせ、感情や記憶、霊的イメージを呼び起こす。

実践:時間と空間の感覚が変わる ケルト式3つの練習法

特定の時間帯に歩く
早朝や夕方など、光が拡散し形が曖昧になる「霧の時間帯」に自然の中で歩く。
視界の曖昧さを受け入れ、何も考えずに時間を過ごす。

地面に小さな円を描く
公園や庭、森などの平らな地面に棒や足跡で描き、外側を時計回りに歩く。
歩みを重ねるうちに意識が緩み、自我が薄れていく。

声による共鳴
特定の音節("aen"や"ui"など)を声に出して繰り返し、身体と空間全体に響かせる。
吟遊詩人やドルイドが儀式や詠唱に使った韻や母音の反復(響き)が意識に影響を及ぼす。

輪郭を捨てて中心を得る

 ケルトの精神文化では、季節や儀礼の循環を「ただ同じ場所を回る円」ではなく「奥に進んでいく螺旋」の一部と捉えていた。繰り返し の中で意識は深まり、そのたびに自分と世界との関わり方は組み替えられていく。

 そして境界を溶かそうとすることは、その精神性の重要な要素だった。曖昧な領域では境界線を認識しづらくなり、より大きな存在との一体感を得やすくなる。霧、円、音は、その境界を緩め、「自分という存在を溶かす」ことで意識構造を変容させるための道具だった。

 考古学や民俗学では、古代から現代に至るまで「境界を重要視する意識は形を変えて受け継がれている。さしづめ日本なら夕暮れの「逢魔が時」という感覚に近いものだろう。曖昧さを否定しがちな時代だからこそ、輪郭のゆらぎに耳を澄ます姿勢を取り戻すことが大切なのではないだろうか。

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