自由になった蝶たち

魔術師たちの神殺し 二元性を超える真実

 私たちが住んでいる地球は、偶数分裂を基本とする二元論の上に成り立っています。善悪という概念によって秩序が保たれ、悪を滅ぼそうとする戦いが無数に繰り広げられてきました。しかし、こういった二元論は人類すべてに秩序をもたらすのでしょうか。

 例えばユダヤ教徒とイスラム教徒の正義が異なるように、全員にとって絶対的な善悪は存在しません。そう考えると、二元性は「常識」という名の精神的な檻のようなものかもしれないのです。私たちが真実だと信じているのは、場所や時間、文化によって異なるその場限りの虚構だと言えます。

 哲学者フリードリヒ・ニーチェは「神は死んだ」と言いました。そしてそれ以前にも「神殺し」を試みた魔術師たちがいます。彼らは教会の権威や科学だけでなく人間の根源的な苦悩とも言える「死」を克服しようと考え、錬金術、黒魔術、そして魂の契約という禁断の扉を叩きました。彼らは意識を使って「創造と破壊」を行おうとしたのです。

叶わぬ恋と「永遠の命」 レイモンド・ルル

 宮廷騎士だったレイモンド・ルルは13世紀のマヨルカ島に暮らしていました。妻も子もありながら、ルルは伯爵夫人アンブロジア・ディ・カステロへの熱狂的な思いに囚われます。彼は社会的な倫理という壁にぶつかることになります。

 アンブロジアはルルの求愛を受け入れようとはしませんでした。ある日、彼女はルルに自らの身体を曝します。胸部には進行した悪性腫瘍「あるいは醜い皮膚の病」の痕があったと記録されています。「あなたは私の若さと美貌を愛しました。でも、私はいずれ死にます。もしあなたが私を本当に愛しているなら、その愛を証明してください。私のために不老不死の薬を」…この言葉を聞いたルルは不老不死という「究極の錬金術」を求める道に入りました。

錬金術の大いなる業と狂気

 ルルは騎士という身分を捨て、全財産を投じて錬金術とカバラの探求を始めます。自分自身と徹底的に向き合うことで「死と苦痛」を乗り越えるという、錬金術師が目指す大いなる業、マグナム・オプスそのものでした。不老不死の薬(エリクサー)は、量子力学における「可能性の波」と同じように「固定された老いと死という現実を書き換えるための情報コード」、もしくは脳科学でいう「意識によって肉体制御の限界を超える」といった概念に極めて近いものだと言えます。ルルは愛するアンブロジアのため、人間の存在論というフレームそのものを破壊しようとしたのです。

 彼は生涯をかけてエリクサーを完成させますが、それでも彼の愛は成就しませんでした。アンブロジアを延命させることはできても、失われた美貌と若さは取り戻せなかったのです。ルルは薬を投げ捨てて愛する者を解放し、自らは「死ぬことさえ許されない」呪いを受けます。彼は叶わぬ愛を胸に世界中を彷徨って殉教を求めることになりました。ルルの物語は「神殺し」の第一歩-「死」という絶対的な法則を個人の願いで超えようとした試みだと言えるでしょう。

シモン・マグスとアンチ・キリスト王権

 ルルは個人的な理由で「死」という絶対的な神を超えようとしましたが、さらに大きな「人の神」とも言える「権威」を壊そうとした人々がいました。彼らはキリスト教という現在世界を動かしている二元論的な秩序の黎明期にはすでに登場しています。よく名前が挙げられるのがシモン・マグスで、彼はキリストの使徒たちと同時期の人物で、「最初の異端者」と呼ばれています。

 シモンは自分自身を「神の偉大な力」の顕れ、そして「神」そのものだと宣言した人物です。救世主イエス・キリストの対極にある「アンチ・キリストの教皇」と名乗り、サマリアの娼婦ヘレナを妻としました。彼の教義の根幹は後のグノーシス主義に通じるもので、この世界の創造主たる神(旧約聖書のヤハウェ)は「真の超越的な神とは異なる」というものでした。世界を支配する現在の「神」を否定して根源的な真実を追求する、究極の「神殺し」の思想です。

 彼の魔術は当時の社会規範から逸脱した「セクシャル・ミスティシズム」を含み、集団的な憑依現象を伴ったとされます。心理学的に見れば、常識を離れて集団ヒステリーやトランス状態に入り、抑圧された無意識(シャドウ)を解放するものだと解釈できます。彼はキリスト教教会という新たな権威が確立する前に、自らを絶対的なものとして神格化しようとしたのです。

教皇の黒魔術と魔術書の謎

 権威を外部から攻撃するシモン・マグスの方法論に対し、権威の内部から規範を破壊しようとした事例があります。ローマ・カトリック教会の最高権威である教皇が黒魔術に手を染めたというタブーです。それが中世ヨーロッパ最大の知性の一人とされた教皇シルウェステル2世(在位999-1003年)で、彼は悪魔との契約によって知識と権力を得たと言い伝えられています。

 彼は科学、数学、天文学に長けた人物でしたが、秘密裏にアラビアの魔術を研究し、悪魔に仕える精霊を従えていたとされました。当時の人々にとって絶対的な精神的権威だった教皇が神ではなく「闇」に力を求めたのは、根源的な恐怖と背徳感を覚えさせるには充分なものだったでしょう。

 また対立教皇ホノリウス2世による黒魔術のグリモワール(魔術書『The Grimoire of Honorius』)の存在は、権力者が権力維持のために闇の科学を利用したことを示しています。魔術書に記されていたのは悪魔との契約方法や死者を呼び出す降霊術など、教会の教義に真っ向から反するものでした。

 神学の観点から見れば、絶対的な権威が自己神格化の限界に達した結果だと言えます。彼らは神の代理人という立場に満足せず、神以上の力を欲して闇の力を利用しました。組織的な権威による「神殺し」は、二元論の秩序の崩壊につながる試みだと言えるでしょう。

意識の終着点  常識からの離脱

 魔術師たちの物語は現代の私たち自身に突き付けられた問いではないでしょうか。閉塞感が充満する現代社会の中で、私たちは無意識に植え込まれた常識や「古い自分、さっきまでの自分」のペルソナに囚われています。意識を進化させるとは、常識の枠組みを破壊して、新しい自分になることにほかなりません。抱えてきた傷やエゴを意識の錬金術によって材料に変えることで私たちは二元論の呪縛から解放され、自分自身が世界の源、創造主の一部であるという真実に到達するのです。

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