霊的な力を求める代償 数々の伝承から見る「得るもの」と「失うもの」
瞑想の「ダークナイト」 ストレス解消法の影
ブラウン大学の心理学者ウィロビー・ブリトンは瞑想の副作用に関する先駆的な研究を行い、瞑想によって困難な体験をした人々のためのサポート施設を運営しています。彼女は瞑想がストレス解消やリラクゼーションの技法として市場に売り込まれているのを問題視し、こう説明します。「目標がどうあれ、瞑想は解放、覚醒、悟りといった意識の根本的な変容を目指す宗教的文脈から生まれたものです。ストレス軽減やリラクゼーションは瞑想の副次的な作用であって、その目的ではありません」。
2017年に発表されたリンダールらの研究では、西洋人の瞑想実践者60名を対象として「瞑想に関連する困難な体験」についてのインタビューを行いました。報告された体験として、認知・感覚の異常、感情的困難、自己感覚の変化、不穏な身体的症状などが挙げられます。注目すべきは、困難な体験が現れるまでの時間の幅です。実践開始から1日以内に問題を経験した人が12%、10年以上経ってから症状が現れた人も25%いました。長年の実践者でも突然深刻な問題に直面する可能性があるのです。
仏教では困難な段階は古くから知られており、「苦の智」「魂の暗夜」と呼ばれてきました。聖十字架のヨハネが名付けた「魂の暗夜 dark night of the soul」は霊的成長の過程で経験する深い虚無感や神の不在感を指す言葉ですが、今では瞑想での困難な段階を指す言葉としても使われています。
問題は、現代の瞑想指導がこうした困難な段階について十分に教えていないことです。古い伝統的な環境では指導者と弟子は一対一で向き合い、霊的な課題に合わせて個別の指導を受けられました。ところが現代の多くのクラスやリトリートでは全員が同じ指導を受け、個別のガイダンスはほとんどありません。
社会的コスト 力を持つ者の孤独
日本におけるトップが祭祀者の一族だったように、霊的な力を持つとされる人々は共同体の中で二つの視点を持たれてきました。求められ重要な存在として尊敬される一方、その力ゆえに恐れられ、避けられることも。北米先住民のシャーマニズムに関する研究では、「共同体はシャーマンに対して両義的な感情を抱くことが非常に多い。彼らは求められ、非常に重要な人物として尊ばれる一方で、彼らが操る力ゆえに恐れられ、避けられもする」と報告されています。
この両義性は世界中で見られます。シャーマンや霊媒は共同体に不可欠なサービスを提供しますが、まさにその能力ゆえに「普通の人間」とは違う境界的な存在、人間界と霊界、生者と死者、普通と異常の間に立つ者として認識されます。シャーマンは常に境界的な位置に立っています。社会的カテゴリーから外れ、どこにも完全には属していません。彼らは幼い頃からこういった傾向を示すことが多く、「普通」とは異なる関心を持っています。
この孤独は現代においても変わらず、霊的な能力を持つとされる人々は孤立を経験することがあります。自分の体験を話しても理解されず、狂っていると思われないよう何も言わない人も少なくありません。ヤクート族のシャーマンが「9年間誰にも話さなかった」というのと同じように。