テオティワカン

『メキシコの神々』第一章・序論 1-11 ケツァルコアトル信仰の広まり

Éclusette, CC BY 3.0 https://creativecommons.org/licenses/by/3.0, via Wikimedia Commons
※著作権の切れた書籍を翻訳・意訳して掲載しています。『The gods of Mexico』Lewis Spence 翻訳した文章©StellaCircus

 メキシコでのケツァルコアトル信仰は8世紀中頃に入ってきたと考えられている。それまでの「雨信仰」、素朴で外部の影響をほぼ受けていなかった信仰体系に大きな変化があったようだ。どの地域からケツァルコアトル信仰がやってきたにせよ、これによってメキシコに暦の計算法の基礎がもたらされたということは確かだ。

 ケツァルコアトルの教えを広めた者たちが持ち込んだ暦(トナラマトル)は、当初は月の運行に基づくものだったとされる。彼らがアナワク、メキシコ中央高原に至った際には、トラロック神を信仰していた神官たちの間ですでに類似した暦が使われていた可能性が高い。農耕民族であれば、こうした時間の把握法を持っていても不思議ではない。

 だが、ケツァルコアトル信仰は土着の信仰より明らかに高度な体系を持っていた。これはトルテカ文明に関する数々の伝承や、実際の遺物からも明らかだ。ケツァルコアトル信仰は雨の神の祀りと融合させることで土着の民の理解と協調を得ていった。

 メキシコ暦の「日の印」がマヤ暦のものとほぼ一致しているため、メキシコのトナラマトルはマヤの体系が起源だと考えてよい。トルテカの神々の多くがメキシコ暦の祭礼にあまり登場しないのは、ナワ族が自らの部族神の祭礼を加えるよう要求したからだろう。初期のケツァルコアトルの暦は、マヤを同じように農耕神の祭礼に純粋な焦点を当てたものだと考えられる。

 ケツァルコアトル信仰は、ユカタンでは「ククルカン」、グアテマラでは「グクマツ」として知られ、トラロック信仰と非常に近い性質を持っていた。ユカタンでのケツァルコアトルは「偉大な雨を呼ぶ祭司」として崇められ、湿気と潤いの神とされていた。一方メキシコでは、トラロック神へ通じる道を掃き清める者にすぎなかった。

 この違いは、メキシコにおけるトラロック信仰がより古く、新参の神と自分たちの神トラロックを同格にすることには消極的だったためだと考えられる。トラロックの神官たちはケツァルコアトルに「偉大な雨の祭司」という役割を与え、折衷的な調和を図ったのだろう。この役割は、後世に至るまでケツァルコアトルの特徴として残っている。

 トラロック信仰とケツァルコアトル信仰の融合を裏づける一つの根拠として、どちらの信者も「緑色の鉱物」を特に神聖視していた点が挙げられる。チャルチウィトル(緑の石)という言葉はスペイン人の記録にも頻繁に登場していて、ジェダイト、ネフライト、ターコイズ、エメラルド、クロルメラナイト、緑色の水晶、貴重な蛇紋石などの鉱物を指していた。

 伝承ではケツァルコアトルがジェダイトの加工技術をもたらしたとされているが、緑色はトラロックの装飾にも重要な役割を果たしており、彼の配偶神であるチャルチウィトリクエの名前が示す通り、ジェダイトとトラロックには深い関係がある。

 こうした石に込められた意味―それが水や緑、金属を象徴していたか、あるいはそれらすべてだったかは明確でないが―、少なくとも両方の信仰がこれらを象徴的あるいは疑似科学的に扱っていたのは確かだ。どちらの信仰も元々は水に関係する信仰で、水に宿る力を崇拝していたと考えれば、両者の融合にさほど困難はなかったと思われる。

 こうした共通点が融合を容易にした一方、初期においては両者の間に対立があったという伝承も残っている。上述のように神話は歴史時代にまで残され、ケツァルコアトルがトウモロコシを発見したにもかかわらずトラロックに奪われたとか、恋人だった女神まで奪われたという話だ。これらは後世の作り話と見るべきだ。ケツァルコアトルは本来独身神だったことを考えれば、結婚という物語は不自然だ。そしてチャルチウィトリクエはケツァルコアトル信仰の象徴だった「チャルチウィトル石」が、後になって女性神として擬人化されたものであると考えた方が筋が通る。

 こういった神話よりケツァルコアトル信仰の方が古いという証拠にはならない。むしろケツァルコアトル信仰がメキシコ文明の大部分を築いたと見なされていたため、こうした神話上の起源が作られたと見るべきだろう。

『メキシコの神々』ルイス・スペンス 序章
『メキシコの神々』第一章・序論 1-1
『メキシコの神々』第一章・序論 1-2 メキシコ宗教の古代性
『メキシコの神々』第一章・序論 1-3 メキシコ宗教の起源 ― 異文化融合と信仰体系の形成
『メキシコの神々』第一章・序論 1-4 メキシコにおける初期宗教の痕跡
『メキシコの神々』第一章・序論 1-5 成長の要素の神格化
『メキシコの神々』第一章・序論 1-6 原始的影響の証拠
『メキシコの神々』第一章・序論 1-7 アニマル・ゴッド
『メキシコの神々』第一章・序論 1-8 雨の神格化、生贄
『メキシコの神々』第一章・序論 1-9 メキシコ後期における信仰の要素
『メキシコの神々』第一章・序論 1-10 メキシコ宗教に見られる文化的要素

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