古代エジプトとバビロニアの信仰 第一章 1-6

『古代エジプトとバビロニアの信仰』第一章 イントロダクション 1-6

※著作権の切れた書籍を翻訳・意訳して掲載しています。『The Religions of Ancient Egypt and Babylonia』Archibald Henry Sayce 翻訳した文章©StellaCircus

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 文明化された人種が文化の萌芽とそれを発展させる力を最初から持っていたり、時にはより高度な文明と接触したりしていたとしても、絶滅していった動物もそうですが、現代世界の野蛮人―― 何世代にも渡って固定化された進歩のない状態で生きてきた人間と比べることは決してできません。ギリシャ人やローマ人の宗教的信念や慣習をアボリジニやホッテントット人の宗教的思想や慣習から説明することは、ほとんどの場合無駄な労力でしかありません。また、セム系宗教の起源をベドウィンの習慣や迷信に求めるのは、ヨーロッパのキリスト教の説明をジプシーに求めるようなものです。そんなやり方は人類学の濫用でしかないでしょう。

 民間伝承は私たちに子供のような心を開く鍵を与えてくれますが、それは宗教や文明の始まりに光を当てるものではありません。文明社会ができて以来ずっと、そこには無知な人も知識人も、愚者も賢者も存在しています。過去の無知に基づいた議論は、現在の同様の議論と同じくらい意味がありません。民話がまったく無学で無邪気な人々の心を反映しているなら、古代文明の信仰を研究するときにはほとんど役に立ちません。

 ですので私たちは、存在しないはずの寓話や象徴を発見しないよう注意しなければなりません。逆に本当は存在するものを見落とさないよう注意する必要もあります。初期文明の隠喩や象徴が現代のヨーロッパ人にとって不自然に思えるものでも、その存在を否定する理由にはならないと覚えておかなければなりません。

 実際、そういったものがなければ宗教的な言語や信仰は成立しません。感覚の世界を通してのみ、霊的な世界への道は開かれます。私たち人間は、感覚的なイメージや類似性を通して精神的、道徳的、宗教的な概念を表現し、実現することができます。ただし、イメージは人種や世代によって異なることを忘れてはいけません。

 最後に、私が皆さんの前で行う名誉ある講義のタイトルについて少し説明しておきます。エジプトとバビロニアの古代宗教の体系的な説明・分析は私の意図するものではありません。ギフォード卿が遺贈してくれた際の条件に沿いませんし、専門家の小集団以外でその詳細に興味を持つ人は少ないでしょう。実際バビロニアの古代宗教に関しては、詳細が未だに不完全で議論の余地があるため、講義というよりは学会雑誌のページに適しています。

 講師がしなければならないことは、すでに確認されている事実を取り上げ、それがどのような結論を導くかを確認し、それが支持または非難する理論を再検討することです。宗教を科学的に研究する者にとって、エジプト人やバビロニア人が崇拝した神々や女神の名前や数は大して重要ではありません。多様な形態の根底にある「神」の概念と、人間と神の力がどのような関係だと考えられていたかを知りたいわけです。

 文明化されたバビロニア人やエジプト人が「神」という言葉で意味していたのはどういうことだったのでしょうか。民衆が崇拝した多神教の背後にある思想や信念は? そして現代の宗教を支配する思想や信念とどのような点で区別されているのでしょうか。

 確かに古代エジプト人は「多神教」と「一神教」の意味を理解していなかったかもしれませんが、この二つの言葉で表現される思考の傾向は認識していたのではないでしょうか。聖パウロが古代エジプトでキリスト教の神を「もしかすると探せば見つけられるかもしれない」と宣言したのは正しかったのでしょうか。それとも、異教の宗教的概念とヨーロッパキリスト教の宗教的概念の間には越えられない溝があるのでしょうか。私が皆さんに提示する事実はわずかでも、こうした疑問を持つことで解決できると私は信じています。

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