『古代エジプトとバビロニアの信仰』第一章 イントロダクション 1-2

※著作権の切れた書籍を翻訳・意訳して掲載しています。『The Religions of Ancient Egypt and Babylonia』Archibald Henry Sayce 翻訳した文章©StellaCircus

『古代エジプトとバビロニアの信仰』 第一章 イントロダクション 1-1

 今も残っている信仰形態の歴史における過去の一場面を調査するのではなく、すでに失われた信仰形態を調査しようとしたら、私たちの課題はとてつもなく大きなものになります。失われた信仰には継続したものがなく、どう発展したのかは理解できません。私たちが研究すべきは新しい何かの芽吹きであって、成長の初期段階にある芽ではないのです。

 失われた信仰を生んだ基礎となる考え方は、私たちにとっては馴染みがありません。バビロニアの多神教やエジプトの動物崇拝は、私たちがいる現代とはまったく異なる思考から成る世界に私たちを運んでいきます。宇宙に根本的な統一性を見出さず、宇宙全体を結びつける原理を発見していなかった人々、口のきけない動物は神の化身だと信じていた人々と同じように物事を見るのは、私たちにとって困難なことです。しかしそうできるようになるまで、今日私たちが享受する文明の先駆けだった古代世界の二大文化国家・エジプトとメソポタミアの信仰は、まるで絶望的なパズル、手がかりのない迷路のように思えるでしょう。

 手がかりを見つける以前に、私たちは近代主義を捨てなければなりません。古き東洋に思いを馳せ、共感する必要があります。現代に至る歴史や東洋と西洋の精神的・道徳的な違いをできる限り忘れなければなりません。「できる限り」というのは、生まれた時代や国の影響を振り払える人はどこにもいないからです。私たちは訓練や教育を取り消すことも、受け継いだ本能を消すこともできず、時間を戻したり、肌の色を変えたりもできません。私たちにできるのは、偏見を抑え、根拠のない思い込みや先入観を捨て、資料を正直に文字通り解釈することだけです。何よりも共感の力、時には歴史的想像力が必要です。それによって過去を理解し、古代の人々の感情や経験に入り込むことができるのです。

 宗教史家が覚えておかなければならないのは、宗教と道徳は必ずしも結びついていないということです。西欧の宗教史は、特に道徳自体が宗教とされた時代に、この事実を複雑化させました。ですが、宗教と道徳に密接な繋がりがあるわけではありません。宗教は私たちの外側にある力、道徳はお互いに対しての行為です。世界の文明国は宇宙を支配する力を道徳的な力と考え、結果的に道徳を宗教の下に置いたことは間違いありません。

 しかしその力は非道徳的、あるいは不道徳とさえ考えられます。ギリシャの信仰を見ると、神々自身も従うことになる運命の法則は、必然的に非道徳的でした。グノーシス派の一部は「創造神は不完全」なので、その本質は悪だという理論で「悪」の存在を説明しました。例えば自然が生み出す残虐な結果は、道徳的とは言えないケースが多々あるでしょう。それを許可し、命令する力は本質的に不道徳だというのが前提です。またゾロアスター教は世界を善神と悪神に分け、現在の状況でより強いのは悪神の力だと主張しました。

 初期人類が賛え、崇拝し、恐れるのは善良より強さです。初期段階の生存競争においては、肉体の強さが最も重要でした。子供や少年が持つ「強さ」に対しての本能的な誇りは、我々の最初の祖先が自然や森の獣との戦いに勝利を収めることができたことに由来します。赤ん坊は虫の羽や足を引っ張って楽しみます。遊び場のヒーローはアスリートのような強い子供であって、優秀な学者やすばらしい学生のような子ではありません。

 フランス革命のような突然の政治的憤怒は、人間の熱を覆っている慣習的な道徳というニスがどれほど薄いかを示していて、キリスト教ヨーロッパは今でも最終的な決定の場を戦場に置いています。下等動物と同様、人間は未だに、弱い者を絶滅・衰退に追いやり、強い者に勝利の栄誉を与えようという法則に支配されています。道徳家が何を言ったとしても、道徳ではなく権力が依然として世界を支配しているのです。

 ですので、道徳的な要素が初期宗教でほぼ見られないのは不思議ではありません。道徳は、実際にはゆっくりと成長していったもので、共同体として生活する中で必要に迫られたものでした。人々が離れて暮らしていれば、道徳が発展する機会はほとんどなかったでしょう。そして共同体の出現と共に道徳法が発展しました。実際的なその法の内容は、今日私たちが従う道徳法と多くの点で異なることは疑いありません。

 結婚の絆や家族生活の神聖さが認識されるようになったのは、かなり後の話です。特定の部族では今でも乱交が続いており、イスラム教では一夫多妻制が認められています。一夫多妻制の部族や人々がいて、結果として正当な父親と呼べる相手がいない子供がいます。フィジー人は最近キリスト教に改宗しましたが、親が働けなくなったら息子が彼らを殺して食べるのが親孝行であり義務だと考えられていました。またエジプトの王室では、プトレマイオス朝と同様に法律と慣習によって兄妹婚が定められていました。

 こうした表現が許されるなら、家族の倫理は共同体の倫理より発展が遅れる傾向にあります。共同体という社会の中で倫理観は生まれ、新たに獲得された道徳規範は共同体から家族に伝えられたのです。人間は自分が属する「コミュニティ」を認識するより前に、自分がコミュニティと関わる道徳的主体だと認識していました。

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