高橋ハナの「いといみじ」 ハードコアとオアシスと挫・人間
車の中で聞くためにiphoneに入れた音楽、今日現在2579曲。小学生の頃にシーナ・イーストンの高い声に憧れて初めてレコードを買って以来、ジャンルに関係なく好きだと思った音楽はなんでも聴いてきた。部屋にはまだCDの棚がパンパンで、今さらどうすりゃいいのか。
子供の頃、山口百恵の『秋桜』とさだまさしの『無縁坂』が本当に嫌いだった。家族と離れるくらいなら結婚なんかしたくなかったし親が老いるなんて考えたくもなかったのに、曲がすごすぎていやでも感情を揺さぶられてしまうから。今でも頭の中で秋桜を思い浮かべると、その時住んでいた家の茶の間と悲しくなって母親を見たときの気持ちを思い出して泣きたくなる。
私にとって音楽と香水はなかなかの危険物だ。一瞬でその頃のすべてが湧き上がってくる。シャッフルで初めて吉川晃司の「パラシュートが落ちた夏」が流れた次の瞬間、私は車の助手席で号泣していた。八ヶ岳でのBMXの大会に合わせて一族で行っていた毎年の旅行。私立の女子中学生だった私が初めて男子校の子たちと行ったとしまえん。子供だけで行った友達の家の別荘、別荘近くの釣り堀で釣って焼いたマスの味。チェッカーズの写真集。池袋のマンモスプール、学校帰りの三省堂。今はもういないおじいちゃんとおばあちゃん、父親と母親…。諏訪と清里に行った帰りだったので、曲とそのときの時空がオーバーラップしたのかもしれない。
最近は挫・人間のライブによく行く。初めて行った日にファンクラブ設立の告知をしていたのと、元々娘の目当てだったバンドが「昔対バンしたのを覚えてない」「このライブハウスもあまり覚えていない」などと繰り返し、あまりにもひどいなと思ったのがきっかけだ。二人でファンクラブ(通称770円)に入ったら「入信のおしらせ」が来たので、もしかすると私たちは教祖Sを信奉する宗教組織に入っているのかもしれない。下川様ー。私と娘の間では「サムライ」ということになってる千也茶丸もそうだけど、音楽が好きな人たちはうれしそうにライブをするし一生懸命で大好きだ。そう、私は母親を通り越しておそらく祖母目線。
「最後のナゴムの遺伝子と言われてここまでやってきた」なんて聞くと、ギターを弾いていた高校生の頃を思い出す。
私はナゴム系は友達につきあって行く程度で、普段はアンティノックと20000Vに行っていた。高3になっても消毒とBurning Spiritには絶対行く、ほかにも適宜…なんてやってたので一浪する羽目になった。高校生の女2人を殴ろうなんて人は一人もいなくて、何なら危ない空気になってきたらさりげなくガードしてくれるお兄さんたちばかりのハードコアが大好きだった。知り合いが増えて打ち上げに誘ってもらったり、年上の友達の家に遊びに行ったり。好きだった人たちはもう何人もあちらの世界に行ってしまった。最近ISHIYAさんがMASAMIさんの本とハードコアの歴史書みたいな本を書いているのを知って、瞬間的に買って一気読みした。
私はもういい年で、今も日々自動的に製造されている思い出を昔話として話すことがあるかはわからない。もしかしたら80を超えても「あの時の挫・人間はね」とか「千也茶丸が」なんて言っているのかもしれない。コロナ後また来日するようになったKula ShakerやPrimal Screamのライブ、ツタンカーメン展とGreen Dayをハシゴした日のことは、娘に子供ができたとしたらその子に話すだろう。私の聴く音楽をBGMに離乳食を食べていた娘は、小学生の頃「Count Down Japanに連れて行ってほしい」と言い、それから二人で行けるフェスには片っ端から行ってきた。その流れで彼女がいい大人になった今でも一緒にライブに行っているが、けっこう変な組み合わせなのかもしれない。
その娘が生まれる前にひたすら聴いていたOasisがもうすぐ来る。解散するなんて思わないから、私は雨で寒すぎた最後のFuji Rockで耐えきれず宿に帰ってしまった。それ以来聴かずにいたのを昨日セットリスト通りに全曲聴いて、たぶん東京ドームでリアムとノエルの姿を見たら泣くだろうと思った。その日やってくるすべての人たちの時空を、Oasisの曲が抱えている。音楽ってすごい。ファンの時空を抱えながら、頑張ってるミュージシャンってすごい。