Three apparations of the visage of Gala by Salvador Dali

「私を殺して」と言った女 サルバドール・ダリとガラ・エリュアール 増補版

「私の血で絵を描いている」

 ダリにとってガラはただの妻でも単なるモデルでもなかった。「私は主に君の血で絵を描いている、ガラ」-1930年代初頭から、ダリの作品には二人の名前が署名されている。「ガラ=サルバドール・ダリ」。これは愛の表現というより、存在論的な宣言だった。「私はガラなしでは存在しない」とダリは言った。

 朝になるとダリはガラに尋ねる。「今日、何か描いていい?」 彼女が頷けば筆を取り、沈黙すれば海を眺めて一日を終えた。だがガラが話しかけると、ダリは筆を止めて部屋を出て行くこともあった。理由は「ガラが話すと神が遠ざかる」から。ガラ本人もそれを理解していて、「私は絵の中で黙ることでしか役割を果たせない」と言っていた。

霊的装置としての絵画

 「私は芸術をしているのではない、神を感じているのだ」というダリの言葉がある。彼は「自分は観測される器で、そこに何かが降りてくるのだ」と言い、1960年代以降は「神秘家」と自称するようになる。

 『記憶の固執』では硬いはずの懐中時計が溶けている。『茹でた隠元豆のある柔らかい構造』では肉体が断片化され、建築の要素として組み立てられている。ダリの作品はただの「シュルレアリスム絵画」ではなく、現実に裂け目を作ってそこから「何か」を召喚する行為だった。そして、その召喚を起こすためにガラの「視線」を必要としていた。

 ガラをギリシャ神話の女神レダとして描いた『レダ・アトミカ』では、彼女は人間らしさを消し去られて空中に浮かび、宇宙的な力の通過点のように存在している。『ポルト・リガトの聖母』では聖母マリアそのものとして描かれた。1955年にダリはこの絵を携えてローマ教皇ピウス12世に謁見-性に放埓なガラを聖母として描いた絵を教皇に見せたのだ。

 ガラは女神へと昇華したのではなく、現実を歪めるための触媒だった。ダリの言葉を借りるなら、「彼女が見ていなければ、ここには神はいない」。ガラの視線を通じてのみ、ダリの絵画という装置は起動した。

沈黙と欲望の回路

 二人の性生活はほとんど存在しなかった。ダリは幼少期に性病の医学書を見て以来、女性器に恐怖を抱いていたのだ。「私は不能だ。偉大な画家になるには不能でなければ」と言い放ったこともあるダリが好んだのは、覗き見と自慰だった。

 一方のガラは、ダリに言わせれば「貪欲な性欲」の持ち主だった。シュルレアリストのグループにいた頃から、彼女は詩人アンドレ・ブルトン、ルイ・アラゴン、画家のマックス・エルンストと関係を持っていた。エリュアールとエルンストとは3年間、三角関係にあったという。

 ダリはガラの不倫を公認するどころか、むしろ奨励した。「彼女が誰といても、彼女の中に私はいる」。窃視症者のダリは、妻と若い男たちが過ごすのを見てある種の満足を覚えていた。歪んだ形かもしれないが、二人にとっては誠実な関係だった。ダリは「ガラなしでは何も始まらない」、ガラは「彼を天才にするのは私だけ」と言っていた。これは支配と依存が共存していたことを表す言葉だろう。

 そしてこの「沈黙」と「欲望」の非対称な構造こそ、ダリの絵画を霊的装置として機能させていた最大の理由かもしれない。話して理解し合い、身体的にも結ばれるといった一般的な夫婦関係ではなく、意図的に空白を設けることで別の何かが流れ込む余地を作った。ガラは絵の中に封じられ、そこから現実へ干渉する異物として存在し続けた。

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