神秘和音に神を聴いた男 アレクサンドル・スクリャービン
神秘和音 プレローマの響き
スクリャービンの音楽の中心となっていたのは「神秘和音、Мистический аккорд」と呼ばれる6音の響きだ。
A – D♯ – G – C♯ – F♯ – B
西洋音楽の理論では不協和音に分類される。だがスクリャービンは「解決を必要としないそれ自体で完結したもの」だとして、協和音として扱った。彼本人はこれを「プレローマの和音」と呼んだ。プレローマ(πλήρωμα)とはグノーシス主義において「神的充溢」、神性の完全な顕現を意味する。通常の和音が「緊張→解決」という物語を持つのに対し、神秘和音はその物語の外にある。始まりも終わりもない、ただそこに在る響き。
1910年の交響詩「プロメテ: 火の詩」は、この神秘和音で幕を開ける。楽譜には「煙のような」という指示が添えられていた。宇宙的な始原、ビッグバン以前のまだ何も分化していない状態を暗示するかのようだ。この20分間の楽曲は嬰ヘ長調の三和音で終わる。これが全曲を通じて唯一の完全な協和音だ。不協和の海から突如として光が差し込む。これはスクリャービンによる「人類が法悦に達した瞬間」の表現だった。
光と音の結婚
「プロメテ」の楽譜には、通常のオーケストラ譜の上にもう一段の五線譜がある。「光」と記されたこのパートは「色鍵盤」という楽器のために書かれたものだ。鍵盤を押すと、音ではなく光が発せられる。それぞれの音に対応した色がコンサートホールを照らすという楽器だった。スクリャービンは五度圏に沿って色彩を配置した。C=赤、G=橙、D=黄、A=緑、E=青白、B=青、F♯=明るい青/紫……。
彼が音を聞くと自動的に色が見える共感覚の持ち主だったかどうかははっきりしていない。スクリャービンはパリのカフェ・ド・ラ・ペで、友人のラフマニノフ、共感覚者だったというリムスキー=コルサコフと音と色の関係について議論した。スクリャービンとコルサコフの色彩認識は一致せず、ラフマニノフは「私には何も見えない」と言ったという。
いずれにせよスクリャービンが「音だけでは足りない」と感じていたのは確かだ。彼は視覚、聴覚、嗅覚、触覚、すべての感覚を統合した芸術を夢見ていた。
プロメテウスの再解釈
ギリシア神話のプロメテウスはゼウスから火を盗んで人類に与えたために罰として岩山に縛られ、毎日鷲に肝臓を啄まれるという罰を受けたという。だがスクリャービンの解釈は異なる。
神智学の創始者ヘレナ・ブラヴァツキーに影響を受けていたスクリャービンは、プロメテウスを罰を受けた反逆者ではなく、神から光を与えられた存在として再解釈した。プロメテウスは「ルシファー / Lucifer、光をもたらす者」であって、人間に進歩と退行の原因を理解する力を授けた存在だというものだ。
この解釈では岩山に縛られることは罰ではなく、霊的修行の段階として精神が物質を通過する難しさを表す。精神は物質へと降下し、やがて再び解放されて上昇する。物質という困難な環境を経験することで、降下前より高い段階に自分に進化するのだ。光だけを崇拝して闇を悪とする二元論ではない。降下と上昇、分裂と統合、両方があって初めて完成する円環。スクリャービンの音楽はその円環を描こうとしていた。
神秘劇 7日間で世界を終わらせる
スクリャービンの生涯最後の10年以上は、「神秘劇」への執念に占められていた。この作品は、あらゆる芸術形式を統合した7日間の儀式として構想された。ヒマラヤ山麓を舞台とするため、スクリャービンはダージリンに土地を購入していた。
「観客はいない。全員が演奏者だ」