『メキシコの神々』第一章・序論 1-2 メキシコ宗教の古代性
※著作権の切れた書籍を翻訳・意訳して掲載しています。『The gods of Mexico』Lewis Spence 翻訳した文章©StellaCircus
メキシコ宗教の古代性
20世紀初頭まで、アメリカ人学者の多くがメキシコの文明と宗教は先住民が数世代に渡って進歩したことで形成されたと考えていた。だが現代の研究によって、ナワ族の人々は古来から高度で複雑な文明を受け継いでいたことが明らかになった。彼らは宗教面でも非常に高度な発展を遂げていた。
その信仰の古代的性質を示す証拠は急速に蓄積されつつある。だがまだまだ時間をかけてデータの調査と比較を行う必要があり、その成立や進化の要因を断定するのは難しい。
メキシコの宗教には長い歴史があるが、その進化に伴う変化についてはほとんどわかっていない。本書ではその変化について仮説を示すが、過去20年間で蓄積された膨大だが未整理の資料は、現時点ではあまり役に立たないだろう。しかしそれらの資料を活用して、可能な限り論点を補足するつもりである。
メキシコ宗教の文献
この段階で、メキシコ宗教の歴史的リソースについて簡単に触れておこう。古代メキシコに関しては膨大で多様な文献が存在するため、学生は全容を把握しようとせずに学び始めた方がいいかもしれない。
本書では、参考文献の大部分を付録にまとめ、メキシコ宗教の研究に不可欠な写本や書籍を信頼できる形でリストアップしている。これが読者の学習を助け、無駄な労力を省けるよう願っている。ここでは、我々が古代メキシコの信仰に関する知識を得るために使う主な情報源について、簡潔に紹介する。
(I) 先住民のコデックス(絵文書、写本)
アガベ紙、革、または綿布に描かれた絵文書、写本。スペインの宣教師たちのあまりにも熱心な破壊活動のせいで現存するのはわずか12点ほどで、ほとんどが神話や信仰に関連する。主要な神々や神話の場面、占術の書「トナラマトル(Book of Fate)」などが描かれており、神々の姿や装飾を理解するために不可欠だ。
ここでは、それらの起源に関するいくつかの理論について簡単に述べておく。H・J・スピンデン博士は、彼の貴重な著書『マヤ美術の研究』の中で、「今に伝わる信仰や儀式の詳細な記録はほとんどがメキシコ渓谷に関係しており、一方で、宗教的性質をもつ本格的なコデックスのほとんどは、サポテカ=ミシュテカ地域かマヤ地域から来ている」と指摘している。
これらのコデックスの中でも特に重要な「コデックス・ボルジア」は、「テオティワカン、コスカトラン、テオティトラン・デル・カミノに住んでいたナワ語を話す民族のもの」とされる。彼らはアナワク渓谷のナワ族とは早い段階で分かれてはいたが、両者の古代信仰は多くの部分で共通していた。
コデックスに描かれている神々のほとんどは、その姿、衣装、象徴的な意味合いにおいて、メキシコ中部で信仰されていた神々の絵や記述と非常によく似ており、同じ神々を表しているのは明らかだ。メキシコ高原のナワ族と南方にいたナワ族は長い間分断されていたので、その宗教観はかなり異なっていたと考えるのが妥当だろう。だがその後、北方のナワ族が南方地域を征服したことで、かつての共通信仰が再び活性化され、南方での信仰は弱まったと考えられる。これは初期の南方土器における神の形象と、後の「コデックス・ボルジア」の神々の絵が著しく違うことで証明される。
(II) 先住民による記録
スペイン語で記された「年代記」はコデックスと同じように貴重な情報源だが、民族的誇りなどから史実が歪められていることもあり、真偽を見極めなければならない。神話や儀礼に関する記述は比較的信頼できる。代表例に『クアウティトラン年代記(Annals of Quauhtitlan)』や、宣教師サアグンによる『歴史一般(Historia General)』などがある。
(III) 先住民の美術作品
建築、壁画、彫刻、陶器などに見られる神々の姿は、神の衣装やシンボルを理解する上で貴重な資料だ。特に彫刻と陶器は重要。
(IV) スペイン人征服者による記述
スペインの教会関係者による古代文書の破壊は非難されるべきだが、彼らの中で啓蒙的な人々は先住民の伝統を研究、民間信仰についての知識を再構築しようと試みた。これは教会上層部からは支持されなかったが、もし彼らがいなかったら、メキシコの古代文明に関する私たちの知識は貧しいままだったのだ。彼らの自己犠牲に対して敬意を表さないわけにはいかない。
中でもベルナルディーノ・デ・サアグンの『歴史一般』は、学術的な配慮と、伝統的資料を収集するための正しい手法でまとめられた非常に価値の高い書だ。この著作は長らく未刊だったが、1830年にようやく出版された。言及すべきもう一つの著作は、ペドロ・デ・リオスほかの修道士たちによって編纂された「Codex Rios」で、彼らは先住民の画家を雇ってメキシコの神々の絵を描かせた、もしくは自ら描いたとされる。彼らはその象徴性や意味を解釈しようとしたが、キリスト教の知識に基づいた誤解が多かった。